ほんわか、暖かく

 それにしても、わざわざ何故個室に移動したのだろうか。


「どうしてここなんですか?」

「シリカの目から逃げたかったのよ。あの子、王都から戻ってきて変わったのよね」

「そうなんですか?」

「仕事に真面目になってくれて、私としては大助かり! ……なんだけど、私がサボろうとするとすっ飛んでくるようにもなっちゃって、そこだけが欠点よねー」

「……いや、サボろうとするリューネさんが欠点じゃないですか」


 まあ、今回は僕がサボる口実を与えてしまったのでこれ以上は何も言えませんが。


「まあまあ、それじゃあパッパと教えてシリカの機嫌取りをしなきゃね!」

「あ、それは大丈夫です。フルムが相手をしてくれてますから」

「……ちょっと私も行ってきていいかしら?」

「だ、ダメですよ! 早く教えてください!」

「ビーギャギャー!」

「ぐぬっ! ……し、仕方ないわね! ガーレッドちゃんの為だもの!」


 僕はいいのかよ!

 ……まあ、教えてもらえるならどうでもいいか。……うん、どうでもいいんだ。


「教えるとは言っても、本当に簡単なことなのよ。体の周りの空気を暖めるだけだもの」

「そうは言っても、イメージが難しいですよ。それに、火属性だと火を出すってことじゃないんですか?」

「室内でそんなことしたら大火事になっちゃうわよ。そうねえ……それじゃあ、体を包み込むように空気の層をイメージできるかしら?」

「えっと、それくらいならなんとか」


 僕は楕円状の空気の層をイメージして、その中に体をすっぽりと入れるイメージを頭の中で作り出す。


「それができたら、その中の空気がほんわか暖かくなるようにイメージしてちょうだい」

「ほんわか、暖かく……ほんわか、暖かく……」

「何も火を出すだけが火属性の特徴じゃないの。自分を包み込む空気の層の内側だけ、空気が暖かくなるようにね」


 ……あれ? なんだか、少しだけ暖かくなったような気がする。


「……じっとり、汗が出てきましたね」

「暖かくしているところでやったからね。これを寒いところでやってみたら、違いがすぐに分かるはずよ」

「凄い、本当に空気を暖かくすることができるんですね」

「むしろ、それを知らなかったのが不思議なくらいよ。ジン君って、大きなことはできるけど、小さなことはできないのね」

「すいません、常識がなくて」

「ピッキャ! ピッピキャーン!」


 どうやらガーレッドも空気の層の中と外の違いが分かるみたい。手を伸ばしては引っ込めており、空気の違いを楽しんでいるようだ。


「これができるようになれば冷たい水を暖かくしたり、冷めた食事なんかを暖かくして食べることもできるわよ」

「おぉっ! それは凄いですね! ……あれ? ってことは、ゾラさんの鍛冶もこれの応用ってことかな?」


 ゾラさんは鋏を通して挟んだ素材に熱を加えていた。だから何度も窯に戻す必要もなく作業がスムーズに進んでいたのだ。

 専用の鋏が必要ではあるけど、これは体を暖めるだけではなく、鍛冶にも取り入れらるので本当にいいことを聞いたかもしれない。


「リューネさん、ありがとうございます!」

「それと……」

「どうしました?」

「……ううん、やっぱりいいわ。実際に体験した方がいいかもしれないし」

「そうですか? いいなら構いませんけど、そろそろ戻りましょうか」

「はっ! そうね、フルムちゃんが私を待っているわ〜!」


 そう言いながら、ドアを開けて外に出るとスキップをしながらシリカさんとフルムのところに向かって行った。


「……ガーレッドも可愛いのに」

「ピピキャキャー」

「フルムがかわいそうって?」

「ピピ」

「……あー、うん。確かにそうだね」


 僕とガーレッドも外に出たのだが、リューネさんに頬擦りされているフルムを目撃してしまった。

 そんなリューネさんの表情は……うん、アウトな気がする。


「リューネさん、フルムが嫌がってますよ」

「えっ! そうなの、フルムちゃん?」

「……ぐるるるる」

「う、唸ってるし」

「フルム、こっちにおいで」

「わふっ!」

「あぁぁっ! ……わ、私の、癒しぃぃ」

「毎回やりすぎなんですよ」

「ビギャ」


 肩を落としてしまったリューネさんに追い討ちを掛けるように僕がそう伝え、ガーレッドも変な声で同意する。

 そこへやって来たのは──


「さあ、先輩! 仕事に戻ってくださいね! 私は他の部署のお手伝いをしないといけませんので!」

「ちょっと、シリカ。私は今、ものすごく傷心しているのよ? だから、ちょっとだけ外に気分転換に行かせてもらっても──」

「ぜっっっったいにダメですからね! ほら、さっさと戻りますよ!」

「やーだー! もっと癒しが欲しいー! フルムちゃーん、ガーレッドちゃーん!」


 リューネさんはシリカさんに襟を掴まれて受付の裏の方へと消えていってしまった。

 僕たちはその様子をぽかんとした表情で見ていたのだが、これ以上この場にいても意味がないと判断して移動することにした。


「つ、次は冒険者ギルドだったっけ?」

「うん。ダリアさんが僕に聞きたいことがあるんだって」

「お前、また何かやったのか?」

「またって。でも、それらしいことに思い当たらないんだよなぁ」

「行ってみたら分かるよ」


 ユウキの言葉を受けて、僕たちは役所を後にする。

 冒険者ギルドはすぐ隣なので我慢もできたのだが、せっかくだし暖かくする方法を試してみたくなった──だが。


「い、いいいい、移動したら、暖かい空気が消えるじゃん!」

「ビビビビギャギャギャー!」

「さ、最後に言おうとしてたのは、これですか、リューネさーん!」


 どうやら、暖かくした空気の層も一緒に移動できるよう訓練が必要のようだ。

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