森を抜けて
順調に道程を消化していった僕たちは、東の森を抜けて拓けた場所に出てきた。
見渡す限りの地平線。吹き抜ける風が心地よく感じる。
所々に生えている木々を横目に見ながら進んでいると、途中でマリベルさんから声が掛かった。
「早めに決めておきたいことがあるんだけどいいかな、ケヒートさん」
「なんですか?」
ハピーは馬車の速度に合わせて進んでくれているので、そのまま話を行っている。
「今日の夜営地を決めておきたいのよ」
「あっ、やっぱり夜営になるんですね」
「ラドワニまでは結構な距離があるからね。夜営に適してるのは二ヶ所あるんだけど、これも距離があるから決めておきたくてね」
マリベルさんが言うには、だいたい三の鐘分の時間で到着する場所と、六の鐘分の時間で到着する場所に夜営地があるらしい。
今から考えると倍の時間が掛かると考えると、確かに早めに決めておきたいのは分かる。
「三の鐘の場所にしましょう。それで、そこが何かしらで使えそうになければ六の鐘の場所まで行きましょうか」
「了解よ」
即答したことに僕が驚いていると、ソニンさんは苦笑しながらも理由を教えてくれた。
「ラドワニには何度か行っているんです。ですから、夜営地のことも知っているんですよ」
「そうだったんですね。ダリアさんから夜営について聞いていたのでどうなるかなーって思ってたんですよ」
「おや? ダリアさんも行ったことがあるんですね。ですが、夜営ですか」
「はい。その時はずいぶんと大変な思いをしたみたいですよ」
僕の言葉にソニンさんは大きく頷いている。どうやら経験済みらしい。
「今ではマリベルさんや他の上級冒険者の方と知り合いになれたので夜営も快適ですが、最初の頃は本当に嫌で嫌でしょうがなかったですよ」
「ソニンさんでもそんな時期があったんですね」
「若い頃は皆が経験しています。ゾラ様も経験していますしね」
「ゾラさんが?」
「まあ、ゾラ様の場合は育ちが洞窟の中とかだったので全く苦にはならなかったようですけどね」
ドワーフということで洞窟での生活が多いと聞いたけど、素材が山のようにあること以外でもこんな利点があったんだね。
「グリノワさんも洞窟で生活してたんですか?」
そこで御者を務めているグリノワさんに話を振ってみた。
「そうじゃのう。というか、ドワーフのほとんどはそうだと思うぞ」
「へぇー……羨ましい」
「う、羨ましい?」
「グリノワ様、コープス君の発言はあまり気にしない方がいいかと思いますよ」
「ソニンさん酷い。でも、グリノワさんも疑問に思うんですね」
ゾラさんにも言われたけど、ドワーフの暮らしはあまりよろしくないのだろうか。
「洞窟で暮らす種族だからのう。今でも偏屈なドワーフは洞窟から出てこないやつもいるくらいじゃからのう」
「そこで鍛冶に錬成に精を出しているということですね!」
「いや、錬成までやるドワーフはほとんどおらん。鍛冶を主に行うかのう」
「でも、錬成ができないと鍛冶もできませんよね?」
「あくまでもほとんどが鍛冶をしているだけで、稀有な錬成好きのドワーフも中にはいるんじゃよ」
「その人は鍛冶もできるドワーフってことなんですよね?」
「それがのう。錬成をしているドワーフは、錬成しかしないんじゃよ」
「えっ! なんでそんな勿体無いことを!」
「まあ、種族特性と言えばいいのかのう。ドワーフは一つのことを極めようとするから、鍛冶なら鍛冶、錬成なら錬成にしか目がいかないんじゃよ。その分、一つのことを極めたドワーフは重宝されることもあるがのう」
なんとも極端なものである。
そして、手のひらを簡単に返す人も返す人だなと思ってしまった。
「今までドワーフを揶揄してきた人が、そのドワーフを重宝するのって、どうなんですかね?」
「そこはそのドワーフの努力の賜物じゃから、儂らとしてはなんとも思ってはおらんよ。ゾラ様もそうじゃないかのう」
「たしかに、ゾラ様も笑いながらそんな話をしていたと思います」
結局、その人の器量ということだろうか。
ゾラさんもグリノワさんも興味が色々なところに向き、一つのことに縛られることなくチャレンジしているからこそ、今の地位にいるんだろうな。
「グリノワさんはどうして冒険者になったんですか?」
「儂か?」
「鍛冶でも錬成でもなく、それらで作った物を使う冒険者になったのって、何か理由があるのかと思って」
「どうだったかのう……もう、だいぶ昔のことじゃからのう」
ゾラさんよりも年下だとは思うけど、それでも長命な種族である。その年齢も結構上なんだろうな。
「……忘れたのう!」
「だいぶ明るく言いますね!」
「特に気になることでもないからのう! まあ、冒険者になる若僧のほとんどが冒険譚に憧れたり、一攫千金を狙ってやろうとか、そんなことじゃないかのう」
「グリノワさんがそんなことを考えそうに見えないんですけど」
「いったいどんな印象を持っているんじゃ?」
「そうですねぇ……ある程度お金を稼いだら、隠居生活でゆっくり過ごそうとか考えていそうです」
「コープス君! なんて失礼なことを――」
「ガハハッ! いやいや、そうだったかもしれんな! たしかに、今も昔も儂は性格が変わっておらんからのう!」
慌てて止めようとしたソニンさんとは対照的に、当のグリノワさんは爆笑である。
短い付き合いだったけど、グリノワさんならこれくらいのやりとりは笑って許してくれると思っていたんだ。
「それじゃあ、今度は小僧の話を聞かせてもらうぞ!」
「僕の話って、面白くないですよ?」
「儂からすると面白いかもしれんだろう?」
「……まあ、そうですね」
僕たちは野営地に到着するまでの間、色々な話をして過ごすのだった。
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