女装
ホームズさんの変装、改め女装が完了するまで僕とヴォルドさんは食事をする為に食堂へと戻った。
そこでは護衛につくガルさんが食事を摂っており、同じテーブルには心なしか元気がないラウルさんとロワルさんもいる。
僕たちは声を掛けてから同じテーブルを囲むことにした。
「昨日は三人とも遅くまで警備してたんですか?」
「ラウルが最初、ロワルが最後、俺が真ん中に入ってたよ」
「だったらなんで二人とも辛そうなんだ? ガルが真ん中に入ってくれたなら十分に寝れただろう」
「あぁ、えっと……」
「それは……」
何故か言いにくそうにしている二人に変わってガルさんがニヤニヤしながら教えてくれた。
「襲撃がある前な、二人に今日も情報を手に入れることができなかったらちょっとした罰を受けてもらうことになってるんだ」
「罰? ……女装とか?」
「ぶふっ!」
「じょ、女装? なんでそうなるんだ? そしてヴォルドさんは汚いな!」
ホームズさんのことを思い出したのだろう。ヴォルドさんが飲みかけていた水を吹き出してしまいガルさんは大爆笑だ。
「ちょっとな、後のお楽しみだ」
「まあいいけどね。こいつらの罰ってのは、今日の晩飯を奢らせるってことだ」
「晩飯を奢らせるって、それだけ?」
「それだけって!」
「ジンは分からないんだよ!」
「……えっと、そんなに嫌なことなんですか?」
悲壮感漂う表情で二人同時に抗議の声があがったので、首を傾げながらガルさんを見る。
「二人は上級冒険者とはいえ上がりたてなんだ。だから金もベテランに比べると余裕がない。そして、今回のパーティにはグリノワさんがいるからな」
「グリノワさんがいるから何なんですか?」
「……グリノワさんは」
「……恐ろしくたくさん食べるんだ」
「……あー、お金が掛かるってことですね」
せっかく危険な依頼を受けてここまで来ているのである。報酬で自分へのご褒美を考えていた人もいるだろう。
まさかその前に大量にお金がぶっ飛ぼうとは夢にも思っていないはずだ。
「今回は何がなんでも情報を仕入れてきます!」
「俺達にとって銀貨は大金なんですからね!」
「銀貨が大金なのは当然だろ」
小銀貨ではあるけど、その銀貨を昨日ホームズさんは見知らぬ冒険者三人組に二枚も渡していましたけどね。
やりすぎの感はあったけど、二人ではホームズさんのような情報収集はできなさそうだ。
魔導師やドワーフの寄り合いみたいなところも二人の場合はなさそうだしな。斥候の寄り合いとかあるんだろうか。
自分の足でコツコツと情報を探すのが必要だろう。
「というわけで!」
「俺達はもう行こうと思います!」
「おうおう、あんま気負うなよー」
「「ガルさんが言わないでくださいよ!」」
声を揃えて抗議した二人を見てガルさんとヴォルドさんが大爆笑。僕も釣られて笑ってしまった。
大きな溜息をついた二人はそそくさと宿屋を後にした。
「あいつらはもっと自信を持った方がいいんだがなぁ」
「お前がいたんじゃあそうもいかんだろう」
「俺が斥候を本業にしていたのは昔の話ですよ。今は普通の上級冒険者だ」
「上級ってだけで普通の冒険者ではないと思うのは僕だけですか?」
僕の問い掛けに二人は顔を見合わせて苦笑する。
「そうだったな。最近は上級冒険者としか仕事をしないから忘れてたわ」
「今だってそうだからな。下の冒険者が慕ってくれるのは嬉しいが、正直顔も名前も知らない奴の方が多い」
「僕の友達は下級冒険者です。その友達からしたら中級冒険者になるのが目標でしたから、上級冒険者ってなると憧れの存在になるんじゃないですかね」
「憧れねぇ。俺はないかなー、ヴォルドさんなら通り名持ちだしあるだろうな。慕われてるし」
「てめぇ、そこをわざわざ強調するか?」
「自分で言ったことを覆さないでくださいよ」
どうやらガルさんは口が上手いようだ。
グリノワさんを交えて僕と始めて話をした時も、二人だけで話をした時も話題に尽きることなく話続けることができたことを思い出した。
「そういえば交渉組もなかなか降りてこないですね」
「ダリルさんは?」
「ダリルの旦那は食事も終わってあっちでゆっくりしてるぞ」
一緒に降りてきたのであれ? と思ったが、どうやら暇を持て余していたようだ。
食堂の端っこで本を読みながら……いや、あれは寝落ちしている。
「まあ、眠れなかったって言ってましたからね」
「そうだろうな」
「残りの四人はもうそろそろじゃないか?」
「んっ? 四人?」
ガルさんにはホームズさんが同行することが伝わってなかったようだ。ヴォルドさんがそのことを説明すると安堵したように息を吐き出していた。
「そっかあ! いやあ、双子に偉そうなことを言って俺が失敗したらどうしようかって思ってたんだよ。これなら俺も城の中で情報を集めることができそうだ」
「まあ、それがさっきの発言につながるんですけどね」
「さっきの発言?」
「女装」
「……はあ?」
素っ頓狂な声を漏らしたガルさん。
そのタイミングで二階から女性陣とホームズさんが降りてきた。
クリスタさん、シリカさん、アシュリーさん、メルさん、ニコラさんと続き、最後が……最後が……えっと……えっ?
「おいおい、ここに来て新しい護衛でも雇ったのか?」
「……いや、あれだな」
「……そうですね、ものすごい似合ってます」
「あれって…………ま、まさか!」
最後の一人は後ろでまとめていた髪を解き、唇に赤い紅を差し、まさか眼鏡まで外して来るとは思わなかった。
「……はああああぁぁ」
そして僕たちの視線が集まっていることに気づいたホームズさんはとても大きな溜息を漏らしたのだった。
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