夜営

 ロワルさんが伝えていた森の拓けた場所に到着すると、時間的には少し早いが野営の準備をすることになった。

 襲撃があったことも理由の一つだが、一番の理由は交渉役の三人を休ませることだった。

 魔獣とは遭遇していないものの、馬車のすぐ近くで火の手が上がり、命のやり取りがあったものだから精神的疲労がピークを迎えていたのだ。

 そんな中でもケロッとしている僕を見て、三人がジト目を向けてきたのは内緒である。


 斥候の二人は再び警戒の為に森の中へ入っていき、残りのメンバーでテントを立てていく。

 交渉役とひとまとめにしてはいるが、寝床まで男女同じするわけにはいかないので、そこは男女別で振り分けている。

 テントを立て終わると次は食事なのだが、冒険者は基本的に料理が苦手らしく、通常は堅焼きパンなどの保存食などで飢えをしのぐのだが、今回はクリスタさんが料理番に立候補してくれた。


「役所から食材も預かってきているのよ」


 ただ、森の中で美味しそうな匂いを立たせていいのか分からないクリスタさんは、ヴォルドさんに確認を取りながら食事を用意してくれた。


「……ま、まさか森の中でまともな料理が食べられるとはな」


 そう呟いていたヴォルドさんの瞳からは光るものが溢れ落ちた——気がした。

 冒険者の食事事情は相当ひどいようだ。インスタント食品のような簡単料理がこの世界にあったら、きっとバカ売れするんだろうなと場違いなことを考えてしまう。


 食事が終わると、僕はホームズさんに声を掛けた。


「鍛冶をしようと思うんですけど、大丈夫ですかね?」


 夜営の時に鍛冶をするというのは当初から決まっていたことなのだが、魔獣の群れや襲撃者がいたこともあり確認を取ることにした。


「大丈夫ですよ。私が護衛に付きましょうか?」

「おっ! 小僧、ついに鍛冶をするのか? だったら俺が護衛をしよう!」


 話が聞こえてきたのだろう、ヴォルドさんがそう言って護衛を買って出てくれた。


「では、私はここに残っておきましょう。ダリルさんにも声を掛けておいてくださいね」


 馬車の中ではダリルさんも見たい見たいと言っていたが、さすがに今日は休みたいんじゃないだろうか。だけど声を掛けないのも悪いかと思い、一応声を掛けてみた。


「……ぉぅ、どうしたんだ、ジン?」

「お、お疲れ様です、ダリルさん」


 ヤバい、この人めっちゃ疲れてる。


「念の為の声掛けなんですが、今から鍛冶をしようと思っているんですけど……休まれますよね?」

「ぁぁ、鍛冶かぁ。鍛冶ねぇ。…………鍛冶? ぁぁ、あぁ、ああっ! 鍛冶ね! いや、見に行くよ! うん、これくらいでへこたれてなるものか!」


 この人マジか! さすがは商人ギルドの人というか、休まないのか!


「あの、本当に大丈夫ですか?」

「ちょっと現実から意識を遠のかせたいからね! 君の鍛冶を見ていた方が気持ちが楽になりそうだからさ!」


 商人の気持ちはよく分からないな。ヴォルドさんも呆れているみたいだし。

 まあでも、元気になってくれるなら問題ないかと思い、僕とヴォルドさんとダリルさんの三人で少し離れた場所に移動した。


「本当にこんなところでできるのか?」

「昨日の朝はカマドのすぐ外の広場で出来ましたよ」

「うーん、想像がつかないね」

「見てのお楽しみですよ」


 そう言いながら、僕は簡易土窯と簡易金床、桶を土属性で作っていく。一度やったことだから、二回目からは案外楽にできるものだ。

 数分で出来上がると、桶に水を溜めてから槌と鋏を取り出して位置を決めていく。


「うーん、こんなもんかな」


 ある程度の配置が決まったところで振り返ると、二人が口を開けたまま固まっている姿が見えた。


「あの、どうしたんですか?」

「……あー、いや、なんだ。小僧、規格外だな?」

「……本当に。こんなの見たことも聞いたこともないよ」


 ホームズさんも驚いていたし、二人の反応にも納得できる。


「今見ましたし、聞いてもいるので、もう初めてではないですね」


 ニコリと笑う僕を見て、ダリルさんが顔を引きつらせてしまった。

 自分から見たいと言っていたのに、その反応は酷いと思う。


「ところで、今回は何を打つつもりなんだ?」


 ヴォルドさんが興味津々で質問してきた。

 ナイフに関してはロワルさんもラウルさんも持ち出しのもので満足してくれていたので、やはりそれ以外を打つべきだろう。

 ……アシュリーさんの羨ましそうな視線もあったことだしね。


「アシュリーさんの使う武器ってなんですかね?」

「アシュリー? なんだ小僧、ああいうタイプが好みなのか?」

「ち、違いますよ! ナイフを広げていた時に、羨ましそうにこっちを見ていたのでナイフ以外を打とうと思っただけです!」

「……それだけか?」

「それだけですよ! 他に何があるんですか?」


 頬を膨らませて怒る僕を見て、ヴォルドさんは笑いながら頭を撫でてくれた。


「そうしていると年相応に見えるんだな!」

「僕はれっきとした子供です!」

「馬車でもそんなことを言っていたな。悪かった悪かった。アシュリーが使うのは細剣レイピアだな」

「細剣って、軽くて細くて、突き主体で戦うあの細剣ですか?」

「へえ、よく知ってるな」


 一応、ゲームの世界で作ったことがあるので。

 イメージはできているのだが、実物を見てみたいという欲求もある。


「ヴォルドさん、細剣の実物って見れたりしませんか?」

「なんだ、知っているんだろ?」

「知っていますけど、あくまで知識上の話で実物は見たことがないんです。実物を見た方がイメージしやすいんですよね」

「なるほどな。それならアシュリーから借りてこよう。ちょっと待ってろ」


 そう言って小走りでテントの方へ戻っていったヴォルドさん。


 ——数分後、何故かアシュリーさんも一緒にやってきてしまった。

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