後始末
僕は抗議の視線をホームズさんに向けたのだが、火の手は刻一刻と広がりを見せているのですぐに諦めた。
馬車の中からこちらを覗き込んでいる人はいないようだし、冒険者たちが戻ってくる前に終わらせたいという本音もあったからだ。
僕は大きな水爆弾を作り出すと、上空から一気に投下して周囲の火を消していく。
投下した時の音がものすごかったのですぐに誰かが引き返してくるんじゃないかと思っていると、案の定ロワルさんが大量の汗を流しながら戻ってきてくれた。
「ホームズ様! 何があったんですか!」
黒く焦げた木々に、地面を覆い尽くす水溜まり、そしてなぎ倒された大木。
水溜まりとなぎ倒されている大木は水爆弾のせいなのだが、僕は何食わぬ顔でそそくさと馬車の中に戻っていく。
「それにジンまで外に出て、本当に何があったんですか?」
ぐぬぬっ、バレてしまったか。
「賊の襲撃を受けました。取り逃がしましたが、深手を負わせたのですぐには襲ってこないはずです」
「そ、そうですか。……それで、ジンに関しては?」
「消火を手伝ってもらいました。私には水属性がなかったのでね」
あっけらかんと言い放つホームズさんを怪しんではいたものの、ここで押し問答をしても仕方ないと考え直したロワルさんは、踵を返してヴォルドさんへ報告に戻っていく。
僕はもう一度ホームズさんを睨んでみた。
「いきなりこれはないんじゃないですかねー」
「すいませんでした。ですが、この方法が一番手っ取り早く、被害を抑えられる方法だったのですよ」
言っていることに間違いはないので、自分を無理やり納得させつつ、僕は馬車の中にいる三人を安心させる為に戻っていく。
「賊は逃げたみたいですよ」
「……そ、そうなの?」
「……さっき、めっちゃ揺れたんだけど、あれは何だったんだ?」
あー、それは僕の水爆弾のせいですね。
「鎮火するのに必要なことだったんですけど、さっきの揺れも心配ありません」
僕が笑顔でそう告げると、クリスタさんとダリルさんは顔を見合わせて泣きながら抱き合ってしまった。
普段の生活の中で、誰かに襲われるなんて経験をすることなどあり得ないのだから、こうなってしまうのも分かる気がする。
「えーっと、シリカさん?」
「……」
「あのー、大丈夫ですかー?」
「……」
反応がない。まるで屍のようだ。
「シリカさん!」
——パンッ!
「ひゃあっ!」
僕がシリカさんの目の前で手を叩きながら大声で呼びかけると、ようやく反応を返してくれた。
「……えっ? あれ? コープスさん?」
「そうです、僕ですよ」
「……私達、生きてる?」
「はい、生きています」
「……うそ、本当に? 夢じゃないの?」
いまだに呆けているシリカさんに、僕は両手を伸ばしてほっぺたをつねってみた。
「……ふぃ、ふぃたふぃでふ」
「痛いってことは、夢じゃないですよね?」
僕が手を離すと、ほっぺたをさすりながら痛みを確かめているシリカさん。
横を見るとまだ泣き続けているクリスタさんとダリルさんを見つけたからか、シリカさんも泣き出してしまい三人で抱き合ってしまった。
ケルベルスや悪魔と対峙した僕とは、やっぱり違うんだよね。
……まあ、転生者って時点で全てが違うんだけど。
そうこうしていると、外が騒がしくなってきたのでヴォルドさんたちが魔獣を討伐して戻ってきたのだと分かった。
僕は馬車から顔だけ出して周囲を見てみると、誰も欠けることなく戻ってきていることを確認してホッとした。
しばらくは情報のすり合わせの為その場に残っていたのだが、すり合わせが終わるとすぐに移動となった。
賊がいたこともそうだが、ここは休憩するには場所が悪かった。
木々が燃えたことで匂いが酷く、地面は水浸しでぬかるんでおり、休むにしてもゆっくり休むことができない。
ロワルさんが言うには、もう少し先に拓けた場所があるそうなので、まずはそこまで進むことになった。
「しかし、ホームズさん凄かったですね!」
「何がですか?」
「何がって、さっきの戦いですよ! あんな速い人とやりあって、怪我一つ負わずに追い払っちゃうんだから!」
僕が少し興奮気味に話していると、ホームズさんは驚いた表情を浮かべていた。
……あれ? なんか変なこと口にしたっけ?
「コープスさん、先程の戦闘が見えていたのですか?」
「えっ? まあ、一応」
「……そうですか」
そして思案顔になってしまった。
よく分からないが声を掛けづらくなってしまったので、僕はシリカさんたちのところに顔を向ける。
「いやマジで、破壊者がいてくれて助かったぜ!」
「私、今日初めて自分は死ぬんだと思いました」
「……あまりの恐怖で、途中から記憶がないんですが」
……こっちはこっちで、なかなか入っていけない話題を口にしているね。
さて、そうなると一人暇になってしまった僕である。
やることもないので馬車の後方に移動して隙間から外の様子を伺うことにした。
焼けた木は見えなくなったものの、地面のぬかるみはまだ続いているようで、ちょっとやり過ぎたかと反省である。
ちょうどヴォルドさんが見えたので軽く会釈すると、僕が暇だと分かったのかガルさんに声を掛けるとこちらに近づいてきてくれた。
「おう、どうしたんだ?」
「馬車の中が暇になったんです」
僕が布を少し広げて中を見せると、ヴォルドさんも理解したようで苦笑していた。
「しかし、小僧は普通だな!」
「これでも怖がってますよ?」
「怖がっていたらあっちの三人みたいになるんだがな」
「あー、少し?」
「なんだそりゃ。いや、待てよ? そういえば小僧はケルベロスの時に新人と現場にいたんだったな」
「まあ、そうですね」
顎に手を当てて少し考えているような仕草を見せたのだが、すぐにこちらに向き直る。
「それならまあ、こんなもんか」
確かに、ケルベロスのブレスで先程以上の火の海の中にいたわけだし、僕自身がケルベロスと対峙したわけだから見ている分にはそこまで怖いという感情は生まれなかった。ホームズさんが負けると思っていなかったっていうのもあるけどね。
「ザリウスもなんだか考え込んでるし、ちょっと俺と暇つぶししてみるか」
本当に気が利く人である。
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