交渉役

 馬車の中ではヴォルドに言われた通り、交渉役の三名と自己紹介を行った。


「私は冒険者ギルドから派遣されております、クリスタ・リードと申します」

「俺は商人ギルドのダリル・グエンだ、よろしくな」


 二人と自己紹介を終えた後、役所から派遣された人に顔を向けたのだが——見たことある顔に驚いた。


「や、役所から派遣されました、シリカ・アルフォートと申します! よ、よろしくお願い、します!」


 カミカミの自己紹介に僕だけではなく、ホームズさんも他の交渉役も苦笑を浮かべている。


「……す、すいません」

「いや、謝る必要はないんだが……まあその、なんだ」

「はっきり言ってあげた方がいいわよ、ダリル。今の時点で緊張しているようでは、交渉の席が心配だと」


 ダリルさんは穏便に済ませようとしたようだけど、クリスタさんがズバッと切り捨ててしまった。

 まあ、僕が見てもあからさまに緊張しているので心配になるのも分かるけど。


「ほ、本当は、『神の槌』の窓口をしているリューネ先輩が同行する予定だったんですけど、王都から派遣されている先輩では問題になるかもしれないと、急遽私が同行することに……」


 自信なさげな姿に、不安を煽られてしまう。

 ダリルさんは頭を掻いて困った表情をしているものの、ここでも厳しい言葉を口にしたのはクリスタさんだった。


「だからといって甘えていられる状況ではありませんよ。あなたはすでにここにいるのですから、しっかりと仕事をしていただきます。交渉役の中心に立つのは、あなたなのですからね」


 ……えっ、そうなの?


「ク、クリスタ様、変わっていただけませんか?」

「代われるのなら代わってあげたいけれど、交渉役の中心に役所の人間が立つというのは決まっていることです。約定を違えていいのは旅路で魔獣などに襲われてしまい、交渉の席に座ることが出来なかった場合のみ」


 そこまで言われて、シリカさんは頭を下げて落ち込んでしまった。

 急な人選だったとはいえ、いきなり王都との交渉だなんて、さすがに可哀想だと思ってしまう。


「王都もカマドの職員名簿くらい取り寄せているでしょう。ならば、変に嘘をつくこともできませんし、もし嘘をついて、それがバレてしまった時の方が恐ろしいですよ」


 正論を口にするクリスタさんに、シリカさんはますます背中を曲げてしまった。

 ここまで来たらシリカさんに立ち直ってもらい、交渉の席では堂々と振る舞ってもらうしかないので頑張って欲しいところだ。


「ところで、コープス君は本当に外で鍛冶ができるのかしら?」


 そして急にクリスタさんの矛先が僕に向いたことには驚いた。


「はい。一応、昨日の朝にホームズさんと検証した結果、問題はなさそうでしたよ」

「マジかよ! なあ、今日は野営の時に打つんだろ? 俺も見てていいかな?」


 ダリルさんは商人ギルドの人間だからか、外でも商品が作れると聞いて興味津々のようだ。


「ダリル、今は仕事中なのですよ」

「今はな、今は。野営の時は言ってみたら休憩中だ。その時だったら問題ないだろう?」

「全く。あなたという人は」


 ブツブツ文句と言っているクリスタさんは、交渉役の中では気持ちの引き締め役なのだろう。だからこそ厳しい言葉を使っているように感じる。

 だって、自己紹介の時の表情はとても穏やかだったんだからね。


「僕なら大丈夫ですよ。だからクリスタさん、そこまで気を張り詰めなくてもいいですからね」


 僕の言葉に驚いていたのは当の本人だった。


「……そう、見えましたか?」

「何となく、ですけどね」


 顔を見合わせているダリルさんとホームズさん。二人は全く気づいていなかったようだ。シリカさんは……言わずもがなである。


「……はぁ。実は君の方がよっぽど大人じゃないかしらねぇ」

「あはは。僕は見た目通りの子供ですよ」

「どうかしら。普通の子供はそんな言葉遣いしませんよ」


 意外にも核心を突く言葉に焦りつつ、僕はなんとか笑いで誤魔化した。

 まあ、バレることはよほどのことがない限りないだろうけど、教えるならゾラさんたちが先だろう。誤魔化すのは念の為だからね。


「ホームズ殿は外にいなくていいのか? 一応、護衛なんだろう?」


 そう口にしたのはダリルさんだ。

 他の冒険者が馬に乗って周囲を警戒しているから気になったのだろう。


「索敵はヴォルドや他の冒険者に任せていますからね。私は皆さんの近くで護衛する役割なのですよ」

「うおっ! 破壊者デストロイヤー直々の護衛だなんて、光栄だな!」

「……その呼び方は止めていただきたいのですが」

「なんでだよ。さっきは剛力ストロンガーとのやり取りでそんなこと言わなかったじゃないか」


 二人のやり取りを聞いていたのかと驚いたが、ホームズさんは特に気に留めることなく口を開く。


「彼とは古い友人だからですよ。お互いに通り名で呼び合っていましたからね」

「そうなのか? それじゃあやっぱりホームズ殿と呼ぼうかな」


 納得できない感じのダリルさんだったが、そこまでこだわっていなかったのかすぐに話を終わらせていた。

 後は落ち込んでいるシリカさんが立ち直ってくれたら馬車の中もより盛り上がると思うのだが、一向に復活する兆しをみせない。

 ガーレッドが起きていたらマスコット的存在感で和むのだろうけど、今はまだ眠ったままなのでどうしようもない。

 少しでも元気になってくれたらと思い、僕はシリカさんに話し掛けてみた。


「シリカさんって、リューネさんの後輩なんですよね?」

「うぅぅ、子供にまで心配を掛けちゃって、ごめんなさいぃぃ」


 えっ、何故にそうなる? この人、もしかして面倒臭い人なの?

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