そろばん講座
兎にも角にも、書類仕事を終わらせた僕はそろばん講座を行うことになった。
……ちなみに、一番多くの書類をまとめたのが僕だったことは言うまでもない。
「まずは頭の中でこんな物をイメージします」
そう言ってメモ帳にそろばんの絵を書き始める。
「長方形の枠の上に一つ区切りをつけて、上に一つ、下に四つの珠があります。一番右が一桁の数字を表しており、左に行けば十桁、百桁と数字が増えていきます」
「この珠は何を表しているのですか?」
「珠が数字を表しています。下の珠が一から四、上の珠が五になります。基本の位置が上の珠が上の枠に、下の珠は下の枠に合わせて並べます。計算が三足す四だった場合はまず下の三つの珠を上に弾きます。そして四が足されると上の珠を下げて、下の珠は二つだけ上に残して後は下げます。上の五、下の二、合計で七になります」
「……む、難しいですね」
うーむ、現物があれば分かりやすいんだけど、言葉と絵だけの説明ではなかなか伝わらないよね。
「この絵みたいな物を作りたいってなったら誰に言えばいいんですかね?」
鍛冶や錬成で作るものでもなさそうだし、別に依頼するところがあるんじゃないだろうか。
「特注品になると思うので、工房に直接依頼するしかないと思います」
「そっかぁ、それじゃあ無理かな。お金もないし工房なんて知らないもん」
「計算が早くなるならこちらの経費で賄いますよ。工房も私の知り合いのところがありますから、多少の融通は効きます」
「そうですか? だったらお願いしようかな」
説明の時に描いた絵では雑過ぎるので、丁寧に描き直したそろばんの絵をホームズさんに渡した。
「それではこれを四つ……いや、念のため五つ注文しましょうか」
「い、いきなりそんなに注文していいんですか?」
「問題ありませんよ」
ニコニコ笑いながらそろばんの絵を眺めている。ホームズさんが言うなら、まあ大丈夫なのだろう。
「最初は難しいかもしれませんが、数字をイメージして計算するよりも、目の前にあるもので数が見えれば計算は早くなると思います。それに、慣れればそろばんがなくても頭の中で計算ができるようになります」
「さっき手を動かしていたのは、頭の中でそれを動かしていたということですね」
「はい」
ノーアさんも納得顔である。
カミラさんは……あまりイメージできていないようだ。
初めての道具をイメージだけでどのようなものか想像するのは難しいものだ。ホームズさんとノーアさんの想像力がすごいのだろう。
「依頼を出したらどれくらいでできるものですか?」
「あちらの状況にもよりますが、早ければ二日か三日で仕上げてくれると思いますよ」
「早いですね!」
「あちらも仕事ですからね。相応の報酬を積んであげれば優先してやってくれますし」
いや、それはやめた方がいいのでは?ホームズさんの顔が少し怖いんですけど!
「冗談ですよ」
「……冗談に聞こえないし見えませんでしたよ!」
ホームズさんも冗談を言うんだね、びっくりだよ。
「……コープス様〜」
「どうしたんですか……カミラさん?」
声をかけられたので振り向いたのだが、カミラさんは何故か神妙な面持ちでこちらを見つめている。
あれ、カミラさんに対しても何かやらかしたのだろうか。
「ザリウス様が何故コープス様を特別扱いするのか、ようやく分かった気がします〜」
「特別扱いだなんて、止めてほしいんですけど」
「これだけの知識をお持ちであれば致し方ないと思います〜」
……何だろう、嫌な予感しかしないんだけど。
「これだけのことを成されたのです、誇りに思って良いと思いますよ〜」
「いや、事務処理を手伝っただけなんですけどー」
「もし、このそろばんでしたか〜? これが世に出回れば、世界の事務員がとても助かるはずです〜!」
おいおい、何か変な方向に話が進んでいるような気がするけど。もしかして最初の表情もこのことを考えていたのかも。
……あっ! ホームズさんもノーアさんも目線を逸らしてるし!
「あのですね、カミラさん。僕は皆さんが少しでも楽になればと思っただけで、別に世界とかそんな規模で何かをしようとは思っていな――」
「何を言ってるんですか〜! この際です、商人ギルドにそろばんを登録して全国的に売り出しましょうよ〜! そうなれば『神の槌』に鍛冶や錬成以外の収入が期待できるじゃないですか〜!」
「ふむ、それは良い考えかもしれませんね」
「ちょっとホームズさんまで! 悪ノリしないでくださいよ!」
たかだかそろばんくらいで何を言っているんですか!
「コープス様〜」
「……は、はい」
真っ直ぐに見つめてくるカミラさんにげんなりしながらも何とか返事を返す。雰囲気で察してもらいたかったのだがそんなことはどこ吹く風で口を開いた。
「いっそのこと、事務員になりませんか〜?」
「絶対になりません!」
いきなりそれかい! 僕は鍛冶師であって、それ以外ではないのだ!
「……はぁ。カミラさん、少し落ち着いてください」
「えぇ〜、でも〜」
「事務業務は我々の仕事であって、コープス様の仕事ではありません。それにコープス様が事務員になってしまっては、私達が用済みになってしまいますよ」
「うぅ、それは困ります〜」
「それなら諦めましょう。そろばんに関しては私も興味がありますが、使い勝手を確かめなければどうしようもありません」
「うぅぅ〜、分かりました〜」
カミラさんっておっとりしてるかと思ったら、まさかまさかの守銭奴だったよ。
「……ノーアさん、ありがとうございます」
「いえ、私は自分の仕事を全うしたいだけですから」
そっぽを向かれてしまったが、髪の隙間から覗く長い耳が赤くなっているのを僕は見逃さなかった。
……仲直りできるかな?
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