鍛冶勝負
鍛冶勝負に向けて
一の鐘と同時に起きた僕は素早く準備を整えると、朝の鍛冶に向けて気持ちの充実を図る。
ただイメージするだけではダメだと分かったのは大きく、今日の鍛冶ではホームズさんが言っていた誰かに見られている、をテーマにするつもりだ。
ガーレッドも三の鐘の前には起きだしたが、僕の気持ちを察したのか甘えてくることはなかった。
「鍛冶が終わったら、いっぱい遊ぼうね」
「ピキュン!」
本当に良い子だなぁ。
頭を優しく撫でた後はもう一度イメージを作っていく。
ナイフのイメージと、昨日と同じようにカズチやルルに見られているイメージ。
これができなければ二つ上のランクでは出来上がらないだろう。
――コンコン。
ドアを開けるとホームズさんが挨拶をした後に入ってくる。
そのまま鍛冶部屋へと移動して銅を準備する。
錬成の勉強がストップしてるので錬成済みの銅が少なくなってきている。今度カズチに融通できないか聞いてみなければならないね。
「準備はいいですか?」
「はい。あっ、でも二の鐘はまだですよね」
「時間が勿体無いのでやってもいいですよ」
だからホームズさん、優し過ぎますって! 眼鏡男子好きの女性ならイチコロですよ!
「ありがとうございます!」
せっかくの申し出なのだから有り難く受けて鍛冶を開始する。
……僕はカズチとルルに見られている。
壁際に立つ二人を思い描き、応援されている、その期待に応えるために槌を振るうのだ。
ナイフのイメージも、昨日出来たナイフを強くイメージする。
上手く出来た時はそのイメージを続けることが大事で、さらに何かを変える必要はない。
昨日と同じように槌を振るい、集中して完成間近までこぎつけた。
必ず成功させる、二人に格好悪いところは見せられない。
最後の一振りを叩きつけ、ナイフを水の中に突っ込んだ。
――ピカァ……。
「……」
「……」
な、何故だああああぁぁっ!
昨日と同じ状況をはっきりとイメージしたではないか、同じ流れで全てを完了させたではないか!
それなのに……それなのに!
「落ち着いてください、コープスさん」
「落ち着いていられませんよ! 何で、何で上手くいかないんだ! 何が違う、昨日とは何が違うんだ?」
考えろ、考えるんだ。
二人がいるいないはあるだろう。だけど、それは僕の気持ち一つのはずだ。
その時と同じ気持ちを作れれば問題ないはずなのに……そこが原因ではないのか? では何が原因なんだ?
「……ダメだ、何がダメなのかが全く分からな――」
「コープスさん!」
そこに響いたのはホームズさんの大声。驚いた僕は思考を停止させて振り向く。
普段の穏やかな表情とは異なり、厳しい表情でこちらを見ている。
「ど、どうしたんですか?」
「少し落ち着いてください。そんな気持ちで鍛冶を楽しくやれると思っているのですか?」
鍛冶を楽しくだなんて、当たり前じゃ――。
「今のコープスさんは、鍛冶を楽しむことよりも鍛冶を成功させることが先走ってしまい気持ちに余裕が無いように見えますよ」
「――! ……確かに、そうかもしれません」
気持ちに余裕を持つ、言われてみれば成功体験があったからそこへそこへ向かおうと気持ちが先走っていたかもしれない。
ただでさえ焦っているのに、こんな気持ちでは成功するものもしないだろう。
「少しだけ気分転換が必要ではないでしょうか」
「気分転換……でも、何をしたらいいのか」
カマドに来てから今日まで、本部での生活がほとんどだ。外に出ても冒険者ギルドか役所に行くくらいで、遊びの場所なんて分からない。
カズチもルルも今日は忙しいし、ユウキとフローラさんも依頼をこなしているだろう。
ガーレッドと遊ぶ約束はしてるけど、遊びは毎日やってるしな。
鍛冶や錬成ができればと考えていた僕だけど、実際に上手くいかなければ好きなものでも心の余裕を奪ってしまうのだと気づかされてしまった。
「……そっか、これが現実とゲームの違いか」
今までは漠然と考えていた現実とゲームの違い。
スキルをカンストすれば失敗することなく高ランクの武具を作ることができた創造の世界。
だが実際はどうだろうか。
チートスキルを持っていても上手くいかない鍛冶や錬成。そして試行錯誤してもそれが上手くいかずにただ焦るだけの毎日。それが負の連鎖となってより深みにはまっていく。
僕の現状は、おそらく最悪のところにあるのかもしれない。
「鍛冶や錬成以外でやりたいことはないのですか?」
「生産系のことがしたいと思っていたから、それ以外は思いつかないんです」
日本にいた時はどうだっただろうか。
朝起きて出勤、仕事をこなして定時に上がり、そのまま帰宅してゲームをする。
ゲームでは最初の頃は失敗も仕方ないと思いスキル上げに専念していたし、スキルが上がればカンスト目指して一気に突き進んだ。
……失敗も、仕方ない?
「そっか、そうだよね。僕は今、始めたばかりなんだ」
最初から上手くいくはずがないのは当然だ。それがスキルに左右されることならば尚更で、僕は鍛冶スキルを持っていない見習いなんだよね。
一度成功したからそこばかり追い求めていたら失敗ばかりになるのは当然ではないか。
「……少し、気持ちが落ち着いたようですね」
「分かりますか?」
「顔に出ていますよ」
むむむ、やはり僕は顔に出てしまうようだ。
「どうしますか? もう一度鍛冶を行いますか?」
少しの逡巡の後に口を開く。
「いえ、今は一度止めておきます」
「そうですか。この後はどうするご予定ですか?」
「ガーレッドと遊ぶつもりですけど、それ以外は何も決めていないんですよね。カズチもルルも、ユウキもフローラさんも忙しいみたいで僕だけ暇なんです」
肩を竦めて見せる僕に苦笑するホームズさんは、ならばとこんな提案を口にする。
「でしたら事務室で私の話し相手になってくれませんか?」
「えっ、でもホームズさんも仕事がありますよね?」
「カミラさんとノーアさんが来てくれてからは余裕ができたんです。コープスさんとはゆっくり世間話をする時間もなかったですし、どうでしょうか」
言われてみればそうかもしれない。
ケルベロス事件の時は気を失っていたし、悪魔事件の時も急いで北の森に向かったし、今は鍛冶を見てもらうだけ見てもらってすぐに仕事に戻っていたし、お世話になりっぱなしなのに何も話せていないのね。
「ピキュキュキュキュー」
「ガーレッド、いいのかな?」
「ピキュキュンキュン!」
後でいっぱい遊んでね、か。もちろん遊びますとも。
「ありがとう。それじゃあ、ホームズさんが迷惑でなければお邪魔します」
「喜んで。それでは向かいましょうか」
「ピキュキュー?」
「もちろんガーレッドもいいですよ」
「ピッキャキャン!」
その言葉を聞いた後、僕は三の鐘を耳にした。
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