止まらない波㊷

 小紋が問い掛けたとき、普段から微塵も表情を崩さないアリナが、一瞬だけ瞳の色を曇らせた。

「これは……。この話は、わたくしたち一家の誤算でした。いえ、誤算と言うよりも、あの中央システム――人工知能神〝ダーナフロイズン〟の策謀に、まんまと引っ掛かってしまった結果なのです」

 アリナは、彼女の凛とした風合いの中から、その美しく怪しげに光る唇を開き物悲しげにことの経緯を語った。

「弟のジェイソンは、身内のわたくしが語るのもおこがましいのですが、当時からかなり天賦の才を有した少年でした。まだ十二歳にも満たない弟でしたが、その頭の回転の速さと認知能力の高さは、当時トップエージェントとしてならしていた父が唸りを上げるほどのものでしたから。そんなジェイソンは、無論ヴェルデムンドの背骨折りたる羽間正太郎様に多大なる憧れを抱いておりました」

 アリナ一家が、なぜにこのような無謀とも言える行為に及んだのかと言えば、それは当代きっての才覚を息子のジェイソンに感じていたからである。

 そのジェイソンの才覚は、

「きっと、こいつはあのヴェルデムンドの背骨折りさえも凌駕する逸材になるであろう。しかし、それには数多の困難と経験を積み上げさせる必要がある。だから、今回は難攻不落と謳われたゲッスンの谷に潜入を試みるのだ」

 父親の突飛すぎる提案にも、母もアリナ自身も反論など一切持たなかった。

 十一才という多感な年ごろを迎える前に、現実をその目に焼き付けさせることは賛否が分かれるところだが、アリナ自身が言うように、

「それがわたくしたち一家の常でありますから」

 と、それがまさに至極当然の成り行きであることに、何の疑問も不快感も湧き出ずることはなかった。

「それで? それで、弟のジェイソンくんはどうなってしまったの?」

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