【第二十七章】止まらない波

止まらない波①

 どす黒い淀みを身にまとったチェンの身体は瞬く間に巨木の半ば辺りまで膨れ上がった。そしてさらに目の前で硬直したチェカの身体までをも覆い尽くそうとする。

「チェカ……お前は俺のいうことを聞いていりゃ……良かったんだ」

「あ……ああ、そんな、チェンが」

 恐怖におののくチェカの身体は、己自身の考えすら受け付けようとしない。それは正に、彼女の精神と肉体とが乖離かいりしてしまった瞬間だった。そこに――、

「チェカ!! おまえ何やってんだ!!」

 唐突に響いて来る声があった。そしてその声が二人の目の前を横切ったかと思うと、

「うぐあぁぁ!!」

 真っ黒に肥大化したチェンが、彼女の細くくびれた腰を鷲掴わしづかみにしようとするが、

「おい、気をしっかり持て!! チェカ・レビノホフ!!」

 声の主が一瞬先に彼女の身体をさらった。

「あ、ああ、ハザマ教官……」

 なんと、正太郎が彼女を横っ飛びで抱き抱え茂みの中へと飛び込んだのであった。

「しっかし危なかったな。でも、どういうんだよ!? 一体ありゃ何なんだよ?」

 正太郎の問いに、身体ごと抱えられながらのチェカが、

「わ、分かりません。ですが、あの姿は……私の相方の、チェン・リーのものです」

「ええっ!? な、なんだと!? あれがチェンなのか!?」

「え、ええ……。理由は分かりませんが、チェンは興奮した途端にいきなりあんな姿になってしまったのです」

「そんな馬鹿な……」

 にわかには信じられない光景であった。彼らは寸でのところで、かのどす黒い物体の攻撃をかわしたものだが、そのかわした先にはチェンがなぎ倒した巨木の残骸が微塵になって散乱している。

「ハザマ教官、降ろして下さい。もう大丈夫ですから……」

 少しだけ頬を赤らめながら、チェカは正太郎の分厚い胸板にそっと手を当てる。

「そ、そうか、そうだったな。すまん……」

 正太郎はバツが悪そうに、妙にしおらしそうなチェカの身体をそっと地に着けた。

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