完全なる均衡⑰

「え? クリスさんのこと?」

「そうです、そのデュバラ・デフーという男と事実婚の契りを交わしたというクリスティーナ・浪野という女性のことを、もっと詳しくお聞かせ願いたい」

 吾妻元少佐の聞き取りは、小紋が知る限りの細部にまで及んだ。それは彼女が聞かされていたクリスティーナの生い立ちや過去話のみならず、普段からどんな言動をし、普段からどんな話し方をし、普段からどんな仕草で相手と接し、普段からどんな笑い方をするか、普段からどんな化粧メイクをしているのかなど本当に小紋が知るところの細部までである。

「ふむ、なるほど。これで何となくですが、そのデュバラ・デフーという男がどんな人物なのか知ることが出来ました。ご協力ありがとうございます」

「ええと、吾妻さん……? 僕が今、詳しく話したのって、クリスさんのことばかりですよね……」

「いえ、まあ、その通りなのですが……。これで十分とは申し上げられませんが、おおよそのデュバラ・デフーという男の像が見えてきたということです」

 言って吾妻元少佐は、乾かした草や木の繊維を砕いていた和紙に近い用紙に筆を走らせて、

「ふむ、これは凄い。かなりの男前だ」

 と、目の前の二人にその書き流したものを見せた。

 すると、

「あっ、デュバラさんだ! これがデュバラさんだよ、正太郎さん!!」

「なんだって、小紋。これがデュバラ……デュバラ・デフーという男なのか!?」

 二人は突拍子もない声を上げてその絵を見つめた。

「ええ、奥方どのにうかがった情報から容易に想像してみた物では御座いますが、おそらくはこのような感じなのかと」

「おそらくは……だなんてレベルじゃなですよ、吾妻さん!! これはもう似ているとか似てないとかなんてものじゃない。生写真レベルの生き写しですよ!!」

 小紋の興奮は収まらない。それはまるで、その絵からあの低く透き通った声が今にも漏れ出して来てしまうほどの物だったからだ。

「すげえな。小紋は決してお世辞を言うタイプじゃねえ。なのに、紙と墨汁だけでここまでの似顔絵を描き出しちまうなんて……。それも聞き取った情報だけで」

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