虹色の細胞⑲

 小紋も偽物もびしょ濡れになった。いや、びしょ濡れどころか噴き出した水は偽物の太ももの部分にまであふれ及んでいる。地下から勢いよく噴き出された水は大粒の雨を降らし、そして瞬く間に地上に大濁流を作り出した。

 まさに大津波状態だった。さすがの巨躯のクリスティーナの偽物も、濁流が腰のあたりまで及ぶとじっとそこに耐えていられる状態ではなくなった。

 小紋も必死になって偽物の赤髪にしがみついてはいるが、

(水が、僕の足元にまで……)

 濁流が彼女の足首を巻き込むと、それだけで身体ごと持って行かれそうになる。

 たった数分前まで、誰がこんなことになると予測出来たであろうか。未だ木々は揺り返しを止めない。噴き出された大水流の勢いがそれを助長させているからである。

 やがて鳥が舞った。虫が群れを成して飛んで行った。近くに巣篭っていた幼い凶獣たちが天高くに逃げおおせて行った。

 森の崩壊を感じた生きとし生ける生き物たちは皆、ここから退散せねば死を迎えることを知ったのだ。

 生態系が壊れて行く――

 誰の目にも明らかになったこの状況で、

(やっぱり、僕も、死ぬのかな……)

 あきらめにも似た負の感情が、彼女の心を支配しようとしたとき、

「冗談じゃねえ。ここに来てお前らしくねえぜ」

 頭上から、懐かしく聞き慣れた声が彼女の心を包み込んだ。

「え……!?」

 その声の主は、反応する隙を与えてくれなかった。ただ小紋は、その深く温かい声にむかって、

「やっと会えた……」

 と言って、意識を薄れさせていった。



 ※※※

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