虹色の細胞④


 小紋は、どうにもたっても居たたまれなくなり、そのフライパンの中に軽く指を突っ込んで、

「ちょっとだけなら大丈夫だよね」

 と言って、付いたソースの指をぺろりと舐め込んだ。

「お、おいしい!! す、すごいおいしい!!」

 たまらない味付けだった。

 確かにかなりの空腹であったこともあるが、その口に飛び込んで来たときの塩加減やニンニクの旨味、細かく輪切りにされた鷹の爪の辛味加減、乳化された麺のゆで汁とオリーブオイルとのとろみ具合。そして最後に絶妙のタイミングで放り込まれたヴェルデンバジルの熱され具合も鼻腔の奥底を爽やかに駆けくすぐる。

 信じられぬほどそれは旨かった。この料理は、少ない材料で簡単に作れてしまうだけに奥が深い。それは、日本人が日本人の魂の料理とも言ってよい〝おぎにり〟や〝みそ汁〟と言ったものにこだわりを持つのと同じぐらいこだわりのある旨さであった。

「あちゃあ……。思わず人の物にお行儀悪いことしちゃったけど、これどうしよう。このまま放ったままにしておくのもなんだよね」

 言って小紋は、もう一度だけ辺りをうかがうと、傍にあったフォークを手に取り、

「ゴメンナサイ。ありがたくいただきます」

 と、手を合わせてそれをあっという間に平らげてしまった。

「ごちそうさまでした」

 言いながらも、小紋は何とも言えない満足感と、得も言われぬ罪悪感との両極端な感情のはざまにさいなまれることとなった。

「僕、とんでもないことしちゃった……」

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