全世界接近戦②


 彼女が使用した薬物は、過去の戦争でもその脅威を知らしめたことのある最も有毒性の高い化合物の改良型である。

「こんな物は、絶対に使用せぬと心に決めていたのですが……」

 彼女は、その危険な薬物を膨らませたポリエチレンの袋に小分け詰めし、炎の上昇気流を利用して天高く舞い上げて散布したというわけである。

 無論そんなことをされれば、いかな凶獣といえども即効性の枯れ葉効果がある化合物をばら撒かれては、その凶暴性を一瞬にして失うしかなかった。

「今回は、持ち合わせのほんの数十ミリ程度を使用しただけですから、全体の致死量には満たなかったでしょう。なにせ、あの数ですからね。ですが、これを沢山使用したとすれば……」

 山は死に、動物は息絶え、人は子供を産めなくなるのである。

 それでも彼女は、この薬物を使用しなければならなかった。そして、その使用を促したのは、鳴子沢小紋本人でもある。

「僕は、あなたたちを死なせたくはなかった。そして、この僕もここで死ぬわけにはいかないんだ……」

 鳴子沢小紋があの世界に居た頃は、発明法取締局のエージェントであった。

 ゆえに、彼女ら特殊工作87部隊の悪名高い功績を知らぬわけではなかった。

「ええ……。島崎様たちが、この身共らを許せぬのも分からぬ話ではないのです。なにせ、身共らは新政府軍司令部の命令になされるがまま、たくさんの人々を死よりも恐ろしい目に遭わせてきたのは事実なのですから……」

 小紋は、発明法取締局のレクチャーを受けていた頃、地球での教育では知らされていない絶望に近い史実を目の当たりにした。

 その悲惨な事実の当事者が、この目の前の彼女たちなのである。

「シグレバナさん。過去に何があったって、今は生き残らなくちゃダメ。だってそれが、あなたたちの役目なんだから」


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