偽りの平穏、そして混沌㉕


 小紋は軽く目をつむり身構えると、電磁トンファーを小脇に抱えた。

 こうして精神を集中することで、周りの雑音の中から、相手の仕掛けて来る気配だけを選別することが出来る。

(僕が羽間さんの下に弟子入りして、初めて教わったものがこれだった。あの弱肉強食の大地にあって、これが出来なければみんな凶獣たちに食べられちゃうんだって……)

 正太郎は、先ず小紋に凶獣から身を守るすべを教えた。それが今、小紋が行っている空間認識術である。

 空間認識術とは、何も視覚のみで行うものではない。時にそれは、聴覚によって敵を選別する術もあれば、嗅覚によって相手の気配を察する術もある。また、肌に触れる空気の微妙な流れを感じ取ることによっても判断されるものもある。

(この術は、狭い空間にだけこだわってちゃダメなんだ。もっと、広い空間……全体像をつかみ取れるぐらい意識を広げるんだ。それで良いんだよね、羽間さん……)

 小紋が静かに大きく息を吸い、そしてそれを全て吐き切ると、それまで感じ取れていなかったものが感じ取れるようになった。

 燃え盛る炎の激しい音。そして、旋回し続けるラウンドビークルのエンジン音。枯れ草の引きちぎられる乾いた音から、それが宙に舞って火の粉となって辺り一帯に静かに着地する音――。

 しかし、その中に微かながら別の人工的な音が存在する。その真っすぐな、いかにも自然界には存在しなさそうな音が、右へ行ったり左へ行ったりとせわしない軌道で小紋の周りを移動している。

(そうだ、これだよね。この人をイライラさせちゃう音の正体こそが敵なんだよね。一つ、二つ……うん、全部で七つある……。そう、敵の数は全部で七つ。あっちの世界で凶獣を見つけるよりも簡単だったよ)


 

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