偽りの平穏、そして混沌㉑
スミルノフは、何もかもお見通してあった。しかし、桐野博士はそれも当然なのだと感じていた。
これは、人類の歴史を辿り、そして未来を模索しようとすれば必ずぶち当たる壁だからである。誰しも冷静に人類が歩んできた足跡を辿れば、必ず見えて来る人間の特性なのである。
スミルノフのこの考えは、その壁にぶち当たってから導き出したものだと言ってよい。
「そして、それが貴様の辿り着いた結論か?」
桐野博士は問うた。スミルノフは口角を上げて、視線を宙に上げた。
「かつて、ヒューマンチューニング技術の推進に尽力して散っていった、私の太客のアストラ・フリードリヒは、今現在のこの世界に対し、多大なる影響を及ぼしたことは、この私が力説することでもありません。しかし、所詮、彼は未来を見据えてあの行動を起こしたのではなく、私怨によって人類の根本を変えようとしていた、という事実は否定しようがありません。それは、彼の要望に沿うために同行していた私だからこそ、確実にそうであると断言出来るのです」
言われて、桐野博士は静かにうなずいた。スミルノフの今の言葉に虚偽性を感じない。そして、かれの言うことは、客観的に見ても何も間違っていない。つじつまが合うからだ。
しかし、
「だからと言って、あの嬢ちゃんを肴に人質殺人ショーを催すというのは、ちと筋違いなのではあるまいか?」
博士は、眉根を寄せて睨んだ。さらに、
「どうせ、嬢ちゃんにあのような試練を与えたのも、貴様の差し金なのじゃろう?」
「はて、なんのことですかな?」
スミルノフはとぼけて見せたが、博士は確信している。鳴子沢小紋を、抵抗組織〝シンクバイユアセルフ〟の統括リーダーの座から失脚させた張本人であることを。
「とぼけても無駄じゃ。おおかた、あの嬢ちゃんのフェイズズウォーカーの人工知能に貴様の意思を潜り込ませ、貴様はみんなの目の前で最悪な同士討ちショーを演じさせた。そのやり口こそが、いかにも劇場型思考の貴様の性癖そのものじゃからな」
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