偽りの平穏、そして混沌④
「ハッハッハ、それは心得ておりますとも。もし、あなたに万に一つ傷一つでもつけようものなら、それこそこちらが大変な目に遭ってしまいます。きっと我々一同は、その報復としてヴェルデムンドの背骨折りに八つ裂きにされた上に、この世界を滅ぼされてしまい兼ねません」
「え、いや……わ、分かっているのなら、それでいいんですけど。それで、この僕は誰に会いに行くのですか?」
「それは今は言えません」
「なぜです?」
「ええ、そのお方も、かなり身の上が危ういお方だからです」
モニターの映像が消えたと同時に、小紋は大きなため息を吐いた。また人身御供をやらされる。
前線での指揮で役に立たなくなったのなら、今度は後方で組織の裏取引の手伝いまでやらされる。いつからこんなに自分は政治的な立場で奔走するようになったのだろう。
たかが二十四歳の、見た目は小娘同然の自分が、老獪な人物たち相手に交渉をしつつも戦闘指揮まで執るようになって早二年以上が経つ。
この間の凄惨な不始末さえなければ、身も心もボロボロになりそうだったひと月前――。
(それが今度は、見ず知らずの人と面談させられるなんてなあ。羽間さんやお父様は、いっつもこんなことやってたんだろうなあ……)
とは言え、小紋は全てにおいて、とんとん拍子と言えるほど相手に恵まれていた。さしてこちらが不利な要求を呑むこともなく友好関係を結んでくれていた。
(きっとこれも、ヴェルデムンドの背骨折りの七光りみたいなもんなんだと思う……。僕が羽間さんの唯一の弟子なものだから)
ついさっきのやり取りにしても、スミルノフ中尉はこう言った。
もし、あなたに傷一つでもつけようものなら、それこそ大変な目に遭ってしまう――。
二言目には、そういった冗談めいた言葉で会話が締めくくられる。
たとえそれが本当に冗談だったとしても、交渉の相手側はすべて、羽間正太郎という男の影を目の前の小紋に見ているのだ。
(知ってるけどさ。全部理解しているつもりだけどさ。でも、一番本当に羽間さんに会いたがっているのは、この僕なんだよ? ねえ、みんなそれを知ってるの?)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます