偽りの平穏、そして混沌③

 

 頑強な護送車には窓一つ付いていなかった。しかし相変わらず室内は揺れ一つないリビングのような快適さがある。

「何不自由ない生活のようだけど、僕にとって、これはまるで飼い殺し同然だと思う……」

 小紋はふかふかのソファーにとっぷりと腰を下ろすと、天井を見上げて思いにふけった。

「今ごろ羽間さん、どうしてるかなあ……」

 一言、二言めには必ずつぶやいてしまう彼女の口癖である。

 彼女は、今回なぜ自分が別の場所に移送されることになったのかさえ、理由を知らされていない。

 今までの彼女であったなら、否が応でも自分の納得が行くまでその理由を聞き出したりしたものだが、あの一件以来、その負い目から全てが消極的になってしまった。

 いつも思い浮かべるのは、分厚い胸板をした頑強な正太郎の横で、ちんまりと寄りかかって編み物をする自分の姿――。そんな人並みの女としての人生を夢見るだけの妄想に浸る毎日である。

「観察対象甲九〇六――。ミス鳴子沢。そろそろ目的の場所に到着します。準備はよろしいでしょうか?」

 車内リビングの大型モニターに、スミルノフ中尉の陶器のように真っ白な顔が投影される。面長で整った顔立ちなだけに、いきなりモニターから現れると妙な迫力がある。

「え、は、はい……。もうすぐ到着ですか?」

 小紋は少々にやけ気味だったせいか、締まりのない体勢のまま答える。

「え、ええ……。これから向かう場所におられる方が、是非にあなたにお会いしたいとのご申し出がありましたので……」

「この僕に会いたい人?」

「そうです。その方が仰られるには、あなたのお力添えさえあれば、我が組織に対しての支援もやぶさかではないとのことなのです」

「ええっ? 今の僕に出来ることなんてあるのでしょうか、スミルノフ中尉? それに、変なことされるのは御免被りますからね。なんてったって、僕は羽間さん一筋なんですから!」



  

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