偽りのシステム159


 彼女は、自分が今まで生きてきた人生を全て否定されたような気がした。彼女のこれまでの努力は一体何だったのか。彼女のこれまで捨て去って来たことや悩んできたこととは一体何だったのだろうか?

 一瞬でも、この男と心を分かち合えたことが悔やまれてならない。

 ここまで来ると、自分とこの男はまるで違う生物である。

 元を辿れば、姿かたちは同じ人間であったはずだ。だが、その概念を凌駕するほどの身体に内包された機能的な違いがある、それは、お互いの人生をまるで違った方向に位置付けてしまっている。

(この私が、この男のようにこの世界に生まれ出て来てさえいれば、こんな醜い姿に変わる必要なんてなかった……。私だって、生まれ出たままの姿で成長したかった……。もしそうだったとしたら、こんな殺戮のために特化された生き物に生まれ変わる必要がなかったんだもの……。そう、もっと、同じ年頃の女の子たちのように、誰かと一緒に並んでおしゃれを楽しみながら街を歩き回っていた人生もあったはずだわ……)

 かねてより抑えつけられていた憤懣ふんまんが呼び戻されてしまった。エスタロッサは元からが人一倍女性なのだ。

 ゆえに、彼女は女性としてのに飢えていた。彼女はヒューマンチューニング手術を受けた時から女性としての性を捨て去ったのである。

 がしかし、それは生き残るための肉体的なものであって、決して精神的な領域の全てではない。無論、それが彼女の本意ではなかったからだ。

 彼女は、女性としてのこれからというその時に、凶獣の大襲来という実に堪えがたい体験をしてしまった。うら若き女性としての人生の破綻には決定的な被害を被ってしまったのだ。

 彼女は、そんな悲惨な過去の憤懣を、第十八特殊任務大隊のおぞましい任務をこなすことによって、自らの精神の安定に変換していた。要するに、彼女は自分の醜悪さを自覚しながらも、他人に八つ当たりすることで生き長らえていたと言えるのだ。


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