偽りのシステム145


 エスタロッサは、凶獣の群れの位置を捉えた前方向から急旋回した。そして、元の潜入ルート方向に視線を切った。

(このまま、この人を私たちのキャンプに連れて帰れば、間違いなく私は、銀糸武功十字章シルバーミリタリークロス以上の栄誉を手に入れられるでしょう……。だけど、そんなものを貰っても、死んだ仲間たちは帰って来ません。それに……)

 彼女は、そっと背中に目をやった。羽間正太郎は、まるで目を覚ます様子ではない。まさに何とも屈託のない寝顔である。いかにも安らぎという言葉を体現した良い寝顔である。

(ここで彼を死なすわけには行きません。だからと言って、彼をこのまま連れ帰って捕虜にしてしまうというのも、何だか違うような気がします……)

 エスタロッサは混乱していた。ヴェルデムンド新政府軍の軍人としてなら、ここはこの男を連れて帰るか、さもなくば始末してしまうのが得策であろう。

 だが、どうしても彼女は、羽間正太郎という男をあやめてしまうことに抵抗を感じていたのだ。

(私にも分かりません。なぜ、私が判断を迷っているのか見当もつきません……。この男は、たった数分前まで散々私たちの部隊を苦しめ、そして散々私の部下を殺しまくった張本人なのです。それなのに、どうして私は……)

 彼女は、決してこの男に甘い言葉を掛けられたという事実から、そういった考えに至っているのではない。決してこの男に淡い恋心を抱いて、そうしているのではない。

(なのに私は、どうしてもこの人を死なせてはいけない気がしてならないのです。それは……)

 彼女には、ひとつだけ確信するものがあった。それはまさに、この男の〝可能性〟だった。この男が持つ独特の〝可能性〟が、彼女の心を無意識下で揺り動かしているのだった。

(そう、この人……羽間正太郎という人は、どこか私たちとは違う次元のものを見据えているような気がしてならないのです。なぜかこの人の中には、ついえさせてはならない希望の火種がじわじわと燃えくすぶっているような気がしてならないのです……)



 

 

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