偽りのシステム132


 エスタロッサは、なるべく相手に予測されにくいジグザグの旋回飛翔を続けた。

 この巨木の立ち並ぶ森林の中では、それをするだけでもかなりの命懸けである。

(しかし、今それをしなければの的になってしまう。ヴェルデムンドの背骨折りの狙いの餌食になってしまう……)

 その時彼女は、あり得ないほどの恐怖を感じるのと同時に、なぜか妙な胸の高鳴りを覚えていた。

(これまで、こんなにも生と死の狭間に身を置かれたのは初めてのことです。こんなとなって、敵を圧倒することあっても、恐怖に追われた経験は初めてです……)

 彼女の中にある強さの定義は、まさに武力的な力の強さでしかなかった。

 だが、この一か月の間に鑑みた経験から得たものは、これまでにない相手の別の強さだったのだ。

(もっと早くあの男に出会っていれば、私はこんな姿に身をやつすことも無かったのかもしれない……)

 環境は人を育てると言うが、彼女もまた、その環境によって盲目となっていたことを知った。

 過去に、身体のあらゆる箇所を凶獣の襲来のよって失ってしまった彼女であったが、その周辺に居た人々もまた、その境遇と似た者同士である。

 それだけに、行きつくところのベクトルが同じであったがゆえ、彼女のみならずその周囲の人々もそれと同じ行動を取ってしまったというわけだ。

(ヴェルデムンドの背骨折り……。あなたという男は、本当にたくましい人です。あなたは、人間という不完全なですら、そうやって限界を超えようとしています……。私は、力さえ手に入ればそれだけで全てが手に入ると考えていました。だけどそれは、ただひたすらに人間という生き物を辞めてしまう行為に他ならなかったのです……)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る