偽りのシステム107


 言われて、エリケンは静かに目を閉じ、

「我々の換装された機械の身体が進化するということは、その反面、人間本来が持つ野生の退化を意味する。野生とは、その字のごとく粗野で野蛮な部分を安易に想像してしまいがちだが、本来はそういうものだけではない。人間……いや、有史以来生物に備わった開かれぬ部分をも意味するのだ」

「開かれぬ部分とは……?」

「うむ。それは一言では表し切れんよ。その概念が一般的に存在しなければ、誰にも言語化することなど出来んからな」

「大佐殿が、そんな怪しい言葉を……」

「何を言うのだ、エスタ坊や。これは霊や未知の能力を総称したオカルト話などではないよ。その昔、蒸気機関も発明されなかった頃の人類に、今の俺たちの姿や能力こそが神や悪魔の所業と映るのかもしれんのだぞ」

「そ、そうですね……大佐殿の仰る通りです。自在に腕を取り外せ、そして別の効率の良い身体に換装させることの出来る私たちの身体は、もはや半獣半人のケンタウロスさえ凌ぐのかもしれません」

「そう考えれば合点が行くだろう? 俺たちが機械の身体に可能性と過去をしのぐ力を感じているように、奴らは奴らなりに、その可能性を肌身で感じているのかもしれんということだ。どちらに分があるかは知れたものではないがな……」

「ということは、この戦いこそがそれを証明する一戦……」

 両名は、そこで息を飲んだ。相手は歴戦の勇士と名高い羽間正太郎である。羽間正太郎は、自らの信念で肉体を機械に換装させたりなどせず、ただひたすら修練を積み重ねることにより肉体を鍛え上げ、そこに強靭な精神と技を磨きあげて来た存在なのだ。

 エリケンは、そんな羽間正太郎の生き様を想像しただけで妙な身震いを起こす。彼の積み上げて来た自信が山となって押し寄せてくるような気がしたからだ。

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