フォール・アシッド・オー70


 それは、凶獣ヴェロンの体当たりによるものであった。ヴェロンはその突進力を活かし、時折何らかの理由で身じろぎもせずに特攻を仕掛けてくることがある。それが今この時であった。

 二人は二分の一のサムライに気を取られていたせいか、ヴェロンの襲撃に対して気がおろそかになっていた。彼らはヴェロンの襲来によってミサイルの猛攻撃のような嵐の中に身を置く羽目になった。

「グ、グオォォォォ……!!」

 湿度の高い夏の夜空に、凶獣ヴェロンの悲壮に満ちた咆哮ほうこうが木霊する。

「デュバラさん!! デュバラさん……大丈夫ですか!?」

 小紋は猛爆の中、右足に大きな傷を負った彼の背中を見た。崩れ落ちる天井に、微塵も肩を動かさずひれ伏す彼の後ろ姿は、もはや百戦錬磨とうたわれた暗殺者のそれではない。

「デュバラさん……」

 小紋はそれ以上掛ける言葉がなかった。彼がようやく手に入れた真に欲しかったものを、一瞬にして根こそぎ奪い去られてしまったのだから。

 しかし、このままここに居ては犬死である。凶獣ヴェロンの恐ろしさは、あの世界に居た彼女もよく知るところである。彼らは一度迫り来れば容赦ない。彼らは自然の守り神なのだ。

「デュバラさん、駄目だよう!! 早く……!! 早くここから逃げ出さないと手遅れになっちゃうんだからぁ!! そんなんじゃ、助けられるものも助けられなくなっちゃうよう!!」

「助ける……?」

 デュバラは気の抜けた声で問い返す。

「そうだよう!! まだクリスさんを助け出す手立てはあるよ!! それに助け出したときに、お腹の中の赤ちゃんのお父さんが死んじゃったら意味ないじゃないですか!?」

「し、しかし……クリスは……。クリスティーナは……」

「大丈夫!! クリスさんは死なない。ひどい目になんか遭わない!! ほら、言っていたじゃないですか? あの二分の一のサムライだって……」

「お、俺たちに……再戦を仕掛けるためだけにクリスティーナをさらって行ったということ……か?」

「そうだよ! だから、クリスさんを取り戻すには、先ずはデュバラさんが無事にここから逃げ出す必要があるってこと!!」

「フッ、なるほどな……。さすが小紋殿だ。この状況にしてその説得力。なるほど、それがヴェルデムンドの背骨折り仕込みというわけか」

 デュバラは鼻でため息をつき、口角を上げると、

「相分かった。そなたのいう通りだ。人の親になろうというこの時に、父親の俺がこのザマでは洒落しゃれにならんからな」 

 しかし、デュバラが疲れ切った重い腰を上げ、その場を立ち去ろうとしたその時――

「うおぅ!!」

 再び建物内に閃光が走る。どうやら館内の電気系統がショートし、いきなりどこかで引火が始まったのだ。

「すまぬ、小紋殿!! この俺のせいで……。しかし、こうしてはおれん!! 俺が融合種ハイブリッダーとなってそなたを守る!! さ、早く。あの乗ってきたゴンドラに急ぐのだ!!」



 

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