フォール・アシッド・オー㊾
一瞬の攻防を機に、デュバラの情念は自らの高潔な戦いの理想へと変化していった。
彼は元より、暗殺者である以上に戦いに際しての求道者であった。人間という存在の探求者であった。
しかし、二分の一のサムライのこの奇天烈な技を目の当たりにするや、その求道者たる彼自身の理念に火が点き、とても許容し難い心持ちになってしまったのだ。
(何が二分の一のサムライだ!! そのような外道のカラクリを身体に有した身でありながら、ジャパニーズの誇り高き戦士の象徴であるサムライの名を冠するなど言語道断!! その力は他に与えられたものであって、自らが自らの鍛錬によって引き出されたものではない!! ましてそのような品性の欠片も感じさせない技術。その発想こそが愚劣である――!!)
それは、いかにも一心不乱に強さの道を歩んで来たデュバラらしい考えの落としどころであった。
本来彼は、羽間正太郎に象徴されるような〝自然派〟と呼ばれる機械に身体を置き換える道を選ばない主義の立場にある。
しかし、羽間正太郎と対峙し、さらに鳴子沢小紋という存在を知ってからというもの、その限界を感じ取り、半ば強引に
だが、その後悔たるや並々ならぬものがある。それだけに、彼は
(道具は使いこなしてこそ活きる。ゆえに、ただ名刀を闇雲に振りかざしたところで達人になど成れぬ。ただ馬力のある車でアクセルを踏み込んでも容易にコーナーを曲がり切れねば乗りこなしているとは言えぬ。身に余る力を身体に有し、それで自らの力だと信じ込ませても、それでは全く段階を踏まぬ赤子のごとき精神の持ち主――。そのような愚劣な相手に俺は敗北はせぬ!!)
それこそが彼の根底からの理念である。
彼は、以前に羽間正太郎と言う男と対峙した時に、本来の人間のあるべきものを感じとっていた。暗殺の対象であり、同士を次々と葬り去る敵でありながら、畏怖と同時に比類なき敬意を感じていた。それこそが戦う者としての象徴であるかごとき姿に――。
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