フォール・アシッド・オー⑲


 デュバラがそう叫んだ時、彼の耳元に背筋が凍るほどの冷たい波動が通り過ぎた。デュバラは反射的に身の危険を察知し、すかさず身をひるがえしてそれをけたのだが、

「グッ……!!」

 耳たぶに装着していたダイヤ入りのピアスが粉微塵に弾け飛んだ。

「な、なんだ!? 何があった!?」

 彼ほどの男ですら何が起きたのか状況を把握できぬ。しかし一つだけ確実に解かる事がる。もうあとコンマ一秒もそれをけるのが遅ければ、確実に彼の右耳はがれていたということだ。

「ど、どういうのだ一体!? まさか、この俺に見えない敵だと……!?」

 まさに青天の霹靂へきれきであった。デュバラ・デフーほどの者であれば、一撃を踏み込まれる前の時点で相手方の気配を察知出来ている。しかし、今は一部たりともその殺気を感じることが出来ず、自ずと後手に回ってしまった。

 どんなに彼がいかような手練れの者であっても、相手を感じることが出来なければそこで相手の力量を測ることは出来ない。言うなれば、将棋やチェスのような対戦ゲームの盤上で、自分の知覚できぬ相手に知らぬ間に駒を進められているのと同じ状況なのだ。

(クッ……!! 前後の流れが読めなければ相手の性格がまるで読めん!! 相手の性格が読めなければ先の動向が読み取れん!!)

 月影の黒豹と呼ばれ、組織の仲間からもその才能を恐れられていた彼であったが、その彼でさえもしのぐ力。この焦燥しょうそうである。

(馬鹿な……!! この今の俺の力を持ってしても見切れぬ相手などと……)

 世界広しとは言えど、伝説の人工知能〝パールバティー〟、そして凶獣ヴェロンの中でもかなりの強者と知れた存在と融合を果たしたデュバラ・デフーである。そんな彼ですら知覚できぬ相手が本当に居るものであろうか? 

(もし、そんな敵が居るものだとすれば……!?)

 デュバラにいやな思考がぎる。かつて彼が恐れ、その冷静な判断力を乱されてしまった存在――。

(まさかとは思うが、ここは先手に鎌を仕掛けるしかあるまい……!!)

 デュバラは、その存在が読めぬ相手に向かって、四丁のチャクラムを投げつけた。一つは正面に、一つは背面に、そして残り二丁は自らの左右へと。

 チャクラムはまるで蝶が舞うように無軌道な弧を描いた。彼独特の秘技〝黄金色の混沌〟と呼ばれる技である。この技は無軌道なチャクラムを四方に飛空させることに因り、相手の位置を探り出すことが出来る攻防一体の神技である。もし敵が自身の近くに居ればチャクラムから放たれる高周波の乱れによって察知することが出来るし、あわよくばそれによって相手に攻撃を仕掛けることも出来る。

(右か、左か? 前方にも背後にも音の乱れが感じられん。ということは、上か……!?)

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る