神々の旗印227


 正太郎はその時、自分にそのような情熱が残っているだろうか、とふと思ってしまった。

 確かに五年前のヴェルデムンドの戦乱の際には、

「機械神の良いように身体を作り替えられてたまるものか!!」

 という、生物的な反骨心から来る気概が根底にあった。

 しかし、あれから五年が経過し、彼も年を取った。そんな情熱のようなものが果たして今の自分にのこっているものだろうかと考えあぐねてしまう。

 そしてさらに、今回の敵となる相手は何と言っても人類ではない。今回の戦いには、思想も理想も大義名分があるわけではなく、正に人類の生き残りを賭けた生存競争そのものなのである。

(俺は、そんなわけのわからねえ奴らに戦いを挑んで勝てるものだろうか……)

 そんな不安さえもが先立ってしまう。

「少佐殿。その様子だと、ご自身の中で何か迷いがあるのでは御座いませんか?」

 七尾大尉は、正太郎のその様子に一早く気づくのである。

「え、ええまあ……。何だか、俺にもどうやら焼きが回っちまったみてえでさあ。ここに来て若い時の大尉のような情熱の行き所が見当たらねえ感じがしちまって……」

「おっほっほ、そりゃあまた少佐らしくありませんな」

「ほら、俺ァ奴ら、マドセードやエセンシスのように家族持ちじゃねえから、現実的に守る者が見つからねえ。五年前の戦乱は、大義名分なんかよりも、もっと人間としての尊厳って言うか、自然発生的な根底っていうか、そんなものが失われちまう事がやるせなくてああやって戦うことが出来た。しかしよ、大尉。今度は確かに俺たち、純粋な人類が生き残るか、それとも他の生命体が覇権を広げるのかっていうのが戦いの目的だ。それが何だか今一つピンと来ねえんだ」

「おっほっほ、それは何とも贅沢な悩みで御座りまするな」

「贅沢な悩み……ですか?」

「そうです。現にあなた様は、周囲の人々から大変必要とされ、その上とても愛されている人物です。そんなあなた様が、そういった孤独癖染みた考えをしなさるとは、これが贅沢な悩みでないわけが御座いますまい。あなた様はどうやら、人に愛され過ぎてそれに麻痺しておるのでは御座いますまいか。これからのあなた様の人生に必要なのは、あなた様が人を愛することではないかとわたしは考えます」

「人を愛すること……ですか」

 その言葉を聞いた時、正太郎は一人の人物の顔が思い浮かんだ。言わずと知れた彼の唯一の愛弟子、鳴子沢小紋の屈託のない笑顔である。

 正太郎は、今の今まで沢山の女性と関わり、その人物を心から愛してきたつもりだった。しかし、彼に関わった女性は皆、若くして非業の最後を遂げる結果となってしまっている。

 その為か、昨今の彼は、肉体関係はあっても本当の愛を深めるまでには至らなかった。愛が深まり、関係が深まれば深まる程、相手を不幸に追いやってしまうのではないかという恐怖が先んだってしまうからだ。

「少佐殿。あなた様の過去に何があったかは存じませぬが、それでも人は一人では生きて行けませぬ。この世は時間に支配された空間です。しかるに時は待ってなどくれませぬ。この老いぼれめの考えでは御座いますが、人は人を愛さぬ限りその人生を全うすることなど出来ないと進言いたします」

「時は待たない……か」

 大尉にその染み入るような温かい言葉を掛けられ、正太郎が何か言葉を放とうとした時だった――。

「緊急警報発令! 緊急警報発令! 全将校兵士に告ぐ! 現在、この地点に向かって来る巨大浮遊物体の存在を確認! 軌道方向から予測される発進地点は地球であると断定! よって、ここに乙級戦闘態勢を発令する!」

 けたたましいアラートの機械音と共に、いきりたつような口調の艦内放送が木霊したのであった。



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