神々の旗印71



 あれから二十四時間が過ぎると、彼ら羽間小隊一行は作戦開始の為に第五寄留近くにある軍事キャンプを出発する準備に取り掛かっていた。

 あの後、早雲は、すんなりと相性の良いフェイズウォーカーを見つけ出すことに成功した。が、案の定、黒塚勇斗に至ってはその困難を極めているのであった。

 そこで七尾大尉から提案があった。

「少佐殿。あのクロヅカとか言う若造には、この前の赤いフェイズウォーカーをあてがってみては如何なもんでしょうか? あれ、あの通り赤い化け物は換装も仕上がっていて、どの中古品よりも出来栄えは良いようです。ほれ、昔から目には目を歯には歯を、化け物には化け物と申すではないですか? それに、あの赤い化け物には、どうやら不思議にも補助人工知能ユニットが見当たらんと来ています。一度ご考慮されてみても良いのではないでしょうか?」

 確かに大尉の言うことにも納得するところがある。だが、今回の正太郎は首を縦に振らなかった。

「ええ……七尾大尉のその考えもありと言えばありです。元々、俺たちゲリラ軍上がりのフェイズウォーカーは、が殆どなのですから。がしかし、今回はイーアンの長年の愛機であった〝フランキスカ〟を奴にあてがってみようかと思います」

「なんですと!? あの〝フランキスカ〟を!? し、しかし、あのフェイズウォーカーも、かつてはさる高名な兵士の搭乗していた分捕り品だと聞いております。それこそ、あの若造にあの名馬を操れるものでしょうか? それに、当のイーアン曹長が黙っておりますまい……」

「え、ええ。確かに大尉の仰る通りです。アレは、俺たちが五年前の戦乱の初期に対戦した中での戦利品だったやつです。イーアンは、あれから奴を手名付けて自分専用の名馬のように扱って育てて来ました。でも……これは、ついさっきイーアンの野郎がこの俺に言い出して来たことなのですよ」

「え? イーアン曹長自らが……ですか?」

「ええ、奴は、自分の長年慣れ親しんで来た愛機の人工知能“マーキュリー”に、奴のことをと、そう言って頼み込んで来たそうです……」

「そ、そうですか。イーアン曹長が。なるほど……。ヨロシク、と、曹長自身が自分の愛機の人工知能に向かってそう言ったのですね……」

 七尾大尉はいうや、しばし口を開かなかった。そして静かに右手を左胸に添えたのだ。

 この場合の〝ヨロシク〟という言葉は、

《お前の存在を別の者に託す》

 という意味合いを示している。それは事実上、フェイズウォーカー搭載の人工知能に対しての引退宣言に相当する。

 彼らパイロットにとって、命のやり取りを共にする戦闘マシンは自分の分身そのもの。命そのものである。

 古来、日本の武士たちが、その脇差となる刀剣に自らの魂を宿したように、この世界のフェイズウォーカーにも同様の意味合いを込めていた。それは、人間が相対的な関係によって成長する生物である証明であり、より合理的に感情をコントロールするためのすべでもあった。

 まして、そこに搭載されている人工知能がパイロットと相対的な関係を保つことによりそれ自体の個性が育つ。それゆえに、その因果関係もかなりのものとなる。

 それほどまでに由縁の深い戦闘マシンを他の者に譲るともなれば、もうそれ相応の決意というものが必要となるのだ。

「というわけで、七尾大尉。あのフランキスカを、新しい相棒の為に……黒塚勇斗のために最終調整してやってくれませんか……」






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