神々の旗印57


 無論、今現在、ジェリー・アトキンスの姿をした黒塚勇斗の正体を他の軍人たちは誰も知らない。知っているのは、正太郎らの小隊メンバーと早雲と七尾大尉だけである。

 なぜなら、黒塚勇斗はペルゼデール軍に追われる身であるために、その素性をばらすわけにはいかなかったのだ。もし、黒塚勇斗が素性を知られれば、彼は軍法会議に掛けられ、それなりに重罪を免れることはないだろう。

 とは言ったところで、今の彼の有り様では、元ペルゼデール軍親衛隊のペルゼデールクロス隊長の役を担っていた男だなどと誰も想像がつくものではない。さらに言えば、今の彼を黒塚勇斗であると証明できる科学的根拠すらどこにもないのだ。

 しかし、羽間正太郎にとって、今のジェリー・アトキンスの姿をした男が誰であろうと構わない。目の前の青二才が、一端の戦士に成長してくれればそれでいいのだ。

「さあ、どうしたユー坊!! テメエの決意はこんなもんか!? テメエの自分の身体を取り戻すだなんて嘘っぱちなのか? 彼女の身体を取り戻すだなんて夢のまた夢か? ほらどうした、さっさと立ち上がって掛かって来い! それとも何か? テメエの師匠のセシル曹長ってのは、さほど大した腕前じゃねえってことか!?」

 正太郎は、膝をついて動こうとしない黒塚機に向かって再度叱責する。勇斗は、これほどまでに過酷な訓練を受けたことがない。いや、これまでの人生でどんな苦しみをも忘れさせてくれほどの鍛錬を受けたことがない。

 しかし、だからと言って、最愛のセシル・セウウェルの苦言を黙って見過ごすわけにはいかなかった。

「な、なんだと!? セ……セシルさんのことを侮辱するな!!」

 勇斗は無意識にホバーを全開にし、正太郎機に特攻をかける。彼の特殊警棒三段突きは、乾いた轟音を伴って見事正太郎機の顔先三寸にまで迫る。が、まるでかすみを突いたように見事に掠り《かす》もしない。正太郎機の頭部は、まるで氷上を滑走するが如く半透明の残像となって黒塚機の真横に雪崩れ込んでいた。

「へへっ、なんでえ。まだまだ体力に余裕があるじゃねえか。ちっとでも悔しかったらここに一発、そのへっぽこパンチを当ててみたらどうだい! いいか? 真の戦場ってのは、事実と結果だけが生きた証しなんだ!! どんなに技が切れてたって、どんなに教科書通り物ごとが出来たからって、そこに当たらなければ全てがおじゃんなわけよ。ほら、何か言い返して見ろ! 女の尻を追っかけるだけが取り柄の甘えん坊さんよ?」

「な、なんだと!! もう一遍言ってみろ! クソ少佐!! ゆ、許さねえ、許さねえぞ……。ぜ、絶対ぇ当ててやる! いくらアンタが伝説の兵士だろうと、今の言葉だけは絶対に許さねえからな……」 

「ああ、いいとも。許される前に、テメエは何度でも掛かって来な。なあユー坊ちゃまちゃま大明神さまよう。お前がどんなにこの俺を許さなくてもな、お前がお前の為に怒りを覚えているうちは、俺の機体に傷一つつけるこたあ出来ねえんだぜ? それだけはこの俺が保証してやるぜ」



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