虹色の人生134
「エナ……」
正太郎は、彼女の肉体がすでに消滅した時点で、彼女自身がエナ・リックバルトであるということを停止したのだと悟った。
いくら意識プログラムが膨大に存在してあろうとも、それはここに備え付けてあるマザーシステムにとって単なるデータの蓄積に他ならない。しかし、あろうことか、彼女はその無理を背負ってでも崩壊寸前の自我を維持しつつ、羽間正太郎の前に姿を現したのだ。
「これで……本当に……お別れね……。ショウタロウ・ハザマ……」
「あ、ああ……。言葉はおかしいかもしれねえが、元気でな。エナ……」
「うん……。あなたも……ね?」
エナは、輪郭の消えゆく体を必死に彼の厚い胸板にすり寄せた。正太郎も、その彼女の健気な態度に心を打たれ抱きしめようとするが、相手は所詮ホログラムである。ただ肉体の上を映像が通り過ぎるだけだ。
しかし、正太郎はそれでも彼女の小さな体を抱き寄せつつ、黄金色に輝く頭部を撫でつける仕草をする。
そんな折、彼女はこれまでにもない安堵した表情を浮かべ、
「良かった……。あなたに会えて……本当によかった……」
と、震える声でそう言い残し、じわじわと深い霧が晴れて行く朝方の湖面のようにその姿を消して行ったのである。
正太郎は、しばらくそこから動こうとはしなかった。
やがて、彼は何か意を決したように目を見開く。すると、その場所に崩れた鉄筋の欠片を拾ってきて地面に突き刺し、それに向かって静かに言葉を放つ。
「エナよ。お前の言う通り、俺の役目は人の意思を繋ぎとめる事らしいな……」
彼は言うや、名残惜しそうにその場から離れようとしない。
すると突然、彼の背後の壁が物凄い轟音と共に崩れ落ちて、ぽっかりと大穴が開く。
「あ、兄貴ぃ、やっと見つけた! 心配したんだよう」
なんと、その大穴から姿を現したのは、機体中が泥だらけになった烈太郎である。
「バ、バカ! この大馬鹿野郎! いきなり出て来てビックリさせんじゃねえ! 流石に心臓が飛び出るかと思ったわ!!」
「わ、わ、ごめんよう、兄貴。でもさ、オイラ、兄貴を探すのに一生懸命だったから……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます