虹色の人類81

 ※※※


 この日、大膳は女王マリダの承諾も得ずに、拘束衣の大膳を独房から連れ出した。

 いくら彼が建国に関わった中心人物とは言えど、この行為は国家に対する大反逆罪に匹敵する。ましてや、連れ出した人物が虹色の人類であるならば尚更の事だ。

 しかし、もう大膳は後戻りは出来なかった。なぜなら、他の自分の分身たちと情報を共有してしまって以来、この世の中の矛盾が全て彼の嫌悪を呼び起こしてしまったからである。

 彼の分身の存在は、この世界に数千体は下らなかった。その数千体の分身から送られてくる生の情報は、全て本物である。

 そんな情報の多くは、国家や組織といった大集団のシステムといった概念的なものへの矛盾だけではなく、既存の人類に対しての矛盾というものが浮き彫りになったものばかりだった。

「どうだ? 我が半身よ。貴様が守り抜こうとしていた人類の生態など、所詮こんなものだ。このまま貴様たち人類が、何も悔い改めず、何の進化も遂げずに悪戯に時を過ごしたならば、必ずや滅びの時がやって来ることは間違いない。そうなる前に、貴様のその指導力でこの世界を変えてゆくのだ。そして、新たなる人類への覚醒へと促すのだ!」

 鳴子沢大膳は、その言葉に妙に納得せざるを得なかった。傍らに寄り添い、脳内に直接アクセスして説得してくる彼の言葉に、もう絶対に抗うことなど出来ない。

 なぜなら、ここまで人類の醜態というものをまざまざと見せられては、人間という生き物事態を嫌悪せざるを得ないからだ。

「そうだ、この私がこの世界を……、いや、人類自体を変えて行かねばならんのだ。今の人類など、所詮、サルに僅かばかりの知恵を授けたようなもの。それならば、この私が、虹色の人類の力を使って人類の上位進化を遂げさせてやらねばならんのだ!!」

 彼の決意は本物だった。

 鳴子沢大膳は、元より人類の愚かさを常々実感していた。それは新たな国家システムの構築というプロジェクトに邁進してきた彼だからこそ知り得るものであった。

 だが、根の優しい男である大膳には、それを認める覚悟が無かった。そしてその反面、それを受け入れてどうにかしようという懐の大きさも持ち得ていた。

 だが、こうまでして拘束衣側の大膳の術中に嵌まってしまっては、行きつく所は決まってしまっている。それは間違いなく人類の大変革という狂気染みた選択肢意外に見当たる物がない。

 その日のうちに、鳴子沢大膳はペルゼデール・ネイションの官邸から姿を消してしまう。そして二度と女王マリダの眼前に姿を現すことがなかったのである。


 あれだけ心が通じ合えていたにもかかわらず、一言も事を告げられないまま事が及んでしまったことに、女王の役目を背負っているマリダの胸中は、ぽっかりと穴が開いたような寂しさが通り抜けて行った。



 

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