緑色の⑰


 小紋からすれば当然こうなる。同席しているクリスティーナにしても思いは一緒だった。彼女らからすれば、理解不能な事象が多すぎるのである。

 渋谷での大量虐殺の前には、世界各地で起こる凶獣ヴェロンの襲撃事件も謎のままだ。世界各国の首脳や軍事組織ばかりか、地球全体の住人の全てがその恐怖に打ち震える日々を過ごす状態である。

 その上、あのようないかにも人為的な大量虐殺事件が起きているとなれば、誰しもが知らぬ存ぜぬと他人事ひとごとのように目を逸らしているわけにはいかないのだ。これは個人の感覚のみで語れる問題ではないのだ。

「ふむ、そう来たか……。となると、何から話せばよいものやら……」

 彼もプロの暗殺者の一人であった。それだけに、口をつぐんで余計な事を喋らない訓練は日々体じゅうに落とし込んでいる。しかし、部外者相手に要領良く事を伝える術などは本来身につけてなどいない。

 そして彼が、組織の機密事項の話をしたら最後。彼は永遠に組織に戻れないどころか、その禁忌を破ったことで一生組織から付け狙われる存在となる。

 とは言え、デュバラはもう、組織の最高機密事項である〝珠玉の繭玉〟を勝手に持ち出し、そればかりかそのアイテムを私事の理由によって使用してしまっている。言わば、後戻りは夢のまた夢でしかないのだ。

「相分かった。もうこうなってしまった以上、俺はあの組織には戻れない。しからば、俺の知っていることだけでも手短に話そう」 

 デュバラが渋面を作り、その胸のうちを現した時、

「やはりそうだったのね、デュバラさん。小紋さんを執拗に付け狙っていた割には、やけに私の要求をすんなり受け入れてしまった理由……」

 クリスティーナは小紋の背後からそっと寄り添うようにして、二人の会話に割って入ってきた。

「うむ、クリス。君の言う通りだ。俺が君の要求を受け入れてしまった理由はそこにある。……俺は今まで、我らが組織の掲げる人類の進化というものに、他の物にも目もくれず邁進してきた。その矜持は今でも変わらぬ。しかし、己自身が、この〝珠玉の繭玉〟によって進化を果たした時、ある一つの未来が見えてしまったのだ」


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