第十一章【緑色の邂逅】

緑色の①

「クリスティーナ君が、地球に向かったですと!? それは本当で御座いますか、マリダ陛下!?」

 鳴子沢大膳が驚くのも無理はなかった。今回の件は、マリダの個人的な一存で、クリスティーナを地球に派遣してしまったのだから。

 大膳やマリダの周りは、以前から大膳の息のかかった飛び切り優秀な人材で固められている。しかし、クリスティーナほどの気の許せる人材はそうそう見当たらない。

「大膳様、わたくし如きにかしこまるのは、お止めになっていただけませんでしょうか? 少なくとも、もっと以前のようにあなた様の娘のように扱って頂けませんと……」

「何を仰います、陛下。私は、あなた様がまだ、私の不肖な娘の子守役をなさっておられた時から、このような関係になることを夢見ておりました。陛下が女王に君臨なされた暁には、私らが組織、ペルゼデール・オークションの悲願が達成される足掛かりとなるのです。その我らの願いを一身に託された御身分なのですから、その件に関しては平にご容赦願いたく存じます」

 大膳は、そのヒグマのように大きな体を折り曲げ、立膝をついて低頭な態度を取った。さらに、

「クリスティーナ君の件は、誠に感謝申し上げます。我が娘のために、非公式ながら勅命まで下していただけるとは……。この大膳、胸が締め付けられる思いが致します」

 彼は、マリダがクリスティーナを地球に派遣したことを責めるどころか、その円らな瞳に涙を溜め込んで感謝の意をあらわにした。

「大膳様、こちらこそ、何の相談もせずに勝手に事を運んでしまったことを心から謝ります。しかしそれは……」

「いえ、陛下。そのような勿体ないお言葉。皆まで申されずとも、陛下のお気持ちは私には十分伝わっております。建国以来、このような一番大事な時に、いくら目に入れても痛くない娘とは申せど、立場上、我が娘ばかりに気を取られていたのでは……と、常日頃から案じていたところだったのです」

「それはわたくしとて同じ思いでした。小紋様とわたくしは、大膳様の計らいで、まるで実の姉妹のように扱って頂いておりました。わたくしのような生まれ持っての機械人形に分け隔てなく愛情を注いで頂いたご恩は、この金属の欠片が朽ち果てるまで永久に忘れ致しません」

 大膳という男は、マリダの言葉通り、相手がネイチャーであろうがミックスであろうがドールであろうが、信頼の置ける者に対しては、誰に対しても変わらぬ深い信頼を持って接していた。それが彼の一番の長所であり、時には弱点になり得る可能性を持っていた。

 しかし、その性格があってのものなのか、彼が中心となって掲げた新国家設立構想はあれよあれよという間に後押しされ、今現在の様相を呈している。

 その中でも側近として獅子奮迅の活躍を見せてくれたのは、何を隠そうクリスティーナ・波野なのである。彼女は非常に若く、女の細腕でありながら才知にも感覚にも長け、日本古来の忍者のような特殊な武術にも精通している。

 話がその彼女の話題に移行するや、

「しかし、陛下。一つだけ心配事が御座います」

 大膳は、以前から胸の内に掛かる事に言及した。

「心配事……ですか?」

「ええ……。そのクリスティーナ君のことなのですが……。私は今まで彼女の後見人として、彼女がまだ幼かった頃から陰ながら面倒を見てきました」

「はい、そのお話は、クリスティーナさんから少しだけ伺っております」

「彼女の父親は、私の特に親しかった若手の政治家でした。名は、波野廉造なみのれんぞうという気骨のある国会議員だったのですが、ある日、彼は突然命を絶たれたのです。我々と同じペルゼデールの秘密に触れる道半ばにして……」


 

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