青い世界の赤い㉛


 小紋が、そんな感慨にふけっている最中、

「あ、あれ……!?」

 彼女の細腕に、またあの時のような鳥肌が浮き立ってきた。

 この背筋の下の方から冷たい何かがまかり通るような感覚。間違いない。が来たんだ! 彼女は直感的にそう思った。

 小紋が宿泊しているホテルは一般人も気軽に利用できるリーズナブルな価格設定だが、そこは選びに選んでこれぞと決めたセキュリティ万全な女性専門の完全会員制。もし、部外者が立ち入ろうものなら、たちまちフロント側でそれを察知し、怪しい人物は丁重に送り返される。

 だが、もしそれでも強引に立ち入ろうとする者があれば、警備用アンドロイドによって強硬捕縛されるか、警察に通報されて連行されることになる。しかし、彼女の鳥肌の意味が、本当にそれを示しているのなら――

 その時、部屋の呼び鈴が鳴った。

 小紋は一瞬考えたが、とりあえずカメラ付きインターフォンに出ることにした。

「あのう、お休みのところ申し訳ございません。ワタクシ、当ホテルのルーム係りの加藤で御座います。たった今、警察の方がいらっしゃって、こちらにご滞在中の鳴子沢様に、お話をお伺いしたいと申されまして……」

 インターフォンのモニターに映し出されたのは、確かにこのフロア担当のルーム係の女性従業員だった。彼女の服装に乱れもなく、これと言って脅されている様子でもない。言葉こそ低姿勢だが、いつものようにビジネスライクな雰囲気が醸し出されている。

 しかし、この悪寒と鳥肌だけは、どうにも止まらない。

「あ、加藤さん。ちょっとだけ待って頂けますか? 僕、今シャワーを浴びたばっかりで着替え中なんです」

「ああ、申し訳ございません。お取込み中でしたか……。ならばここでお待ちしております」

 小紋はそう言って咄嗟に機転を利かし、時間稼ぎをした。

 どうにも様子が変だ。このホテルに滞在して三日目になる。しかし、このルーム係の加藤さんという中年女性は、元からサバサバした印象を受ける女性であった。が、ここまで落ち着きはらって物事を取り計らえる程の受け答えをする人ではない。ゆえに、これほどまでに肝の据わった対応をするのは至極不自然である。いくらホテルの従業員と言えども、突然の警察の来訪を受けて、かすかながらでも興奮の兆しを醸し出すのが人間というものである。

 発明取締局のエージェントであった小紋からすると、こういった相手の機微を感じ取るぐらいは朝飯前である。

(もしかすると……、加藤さんは、また催眠術か何かで操られているのかもしれない……)

 

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