青い世界の赤い㉚


 一方、あの騒動から逃げ果せられた小紋は、あの事件以降に飛び交う憶測と実際の物的証拠データを基に、さらなる分析を継続していた。

「あーあ、疲れたあ。やっぱりホテル住まいは、何だか落ち着かないなあ……」

 彼女は言いながら、グイッと背もたれに寄りかかり背伸びをする。椅子が余り大きくないために、体の小さな小紋であっても、四つ足の先がついグラグラと不安定になる。

 彼女は、あの一件以来、万が一の為に真宮寺邸に帰還することを拒んだ。そして、あの異様な暗殺者に尾行されていても身元がばれないように、実家にすら戻ることをしなかった。

 その為、いくら情報を集めようとしても、それなりの機器しか携帯しておらず、中々の苦戦が強いられている。

「ハッキングアプリは、地下サイトから引っ張り出せば何とかなるとしても、こういう施設を経由すると、どうしても場所を特定されやすいから面倒なんだよなあ。あーあ、こんな時、マリダが傍にいてくれたら、どんなに心強いことか……」

 彼女が、ヴェルデムンドの発明取締局で過ごした一年以上の月日を、片時も離れずに世話を焼いてくれたのがマリダ・ミル・クラルインである。彼女は今や、アンドロイドでありながら、その類稀な優秀さと美貌を買われて、新国家ペルゼデール・ネイションの女王の立場を任されている。

 マリダはとにかく優秀なアンドロイドであった。

 今の小紋のような状況に陥ったとしても、マリダが一人傍にいるだけで、各情報の収集から身辺警護まで、ありとあらゆる仕事をさりげなく一遍にこなしてくれていた。

 無論、だからと言ってマリダ一人が居れば何でも事が解決するわけではなかったが、キーポイントとなる土台の部分の仕事を、こちらから指示しなくともやってのけてくれていた。

 それは、とても人工知能の所業とは思えないぐらいの気の利きようであったのだ。

「今考えると、マリダって本当にアンドロイドだったのかなあって思う時があるよ。だって、普通に人工知能相手にしている感じじゃなかったもの……」

 一般的に、この時代の人工知能のレベルは、どんなに記憶容量が大きく情報処理能力が高くても、気の利いた秘書や執事のような関係を築けないのが普通だった。

 その点では、羽間正太郎の相棒である烈風七型に搭載された通称烈太郎というのは、画期的な戦闘型人工知能の代表格であった。

 そんな烈太郎であっても、人間という存在の心の内を瞬時に理解したり読み取ったりする部分は、まだまだ人間で言うところの子供のレベルである。

 しかし、マリダは違った。彼女は、小紋という発明取締局の新米エージェントを仕事の上でしっかりとサポートするどころか、最後にはまるで生まれてこのかた、同じ釜の飯を食べてきた姉妹のように違和感のない存在として肩を並べ合っていたのだ。

 それを見ていた同僚ですら、マリダがアンドロイドであることを忘れてしまっていたぐらいである。

 小紋は、そんなマリダを思い起こしながら、

「よく考えると、僕はマリダの事、何にも知らないや……。知っているとすれば、名前にもあるように、クラルイン社製ということだけだもの。あんなに仲良しだったっのに、マリダの事を何も知らないっていうのは、結構寂しいなあ……」

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る