青い世界の赤い⑱



「申し上げます、アフワン様! たった今、この野次馬共の流れに対し、逆の方向に向かう人影を発見したとの報告がありました」

 アフワン率いる暗殺精鋭部隊の一人が、一切の足音も立てずに傍らに近寄ってきた。そして例の如く、他の者には聞こえぬ特殊な発声法で耳打ちする。

「うむ。承知した。して、しかるにその人影とやらの特徴とは?」

 アフワンは、落ち着きはらいつつも少し険しい表情で聞き返す。

「ハッ、それが……、戦士クハドの目を以ってしても、それには至りませんで……」

「な、なんと!? 我らが黄金の円月輪の中でも〝金目、金耳〟の異名で名高いクハド・レミイールの観察眼を以てしてもか!?」

 アフワンは、驚嘆の声を上げた。クハド・レミイールとは、この精鋭部隊の中でも一番若い戦士の一人である。その驚愕の動体視力と瞬間記憶による観察眼。さらに、超低周波から超音波の類いや様々な音階を脳内で図面にして聞き分けられる特殊な音認識能力。そんなクハドの認識すらも及ばない対象者とは、いかほどの能力者なものなのか?

 さすがのアフワンですら額に汗するしかない。

(これは、あの羽間正太郎……いや、もしかすると、それ以上の手練れかもしれぬ……)

 と、背筋にさらなる冷たいものが走り抜ける。

「良い。しからば、我々自身が地道に追い詰めて、その姿をこの目で確認するまでのことよ」

「ハッ。左様に……」

 報告に来た兵士はひざまずいて言葉を放つと、また足音一つ立てず振り返りざまに走り去った。

(フムゥ……、これは厄介なことになるやもしれん。再びあの時のようにならねば良いが……)

 アフワン・セネグトルは、そのしわ深い大きな目を鋭く見開いて、その戦士の背中を追う。




 その一方で、追い詰められた小紋は、あらゆる対策を頭の中で練っていた。

(そうか。敵がここで、この装甲車の中に攻めてこないことを考えると、僕がこの中にいるという確証を得られていないんだな。だから、複数人の足音が聞こえていても、相手は攻めて来られないんだ……)

 小紋のその判断は間違いではなかった。

 いかに黄金の円月輪の精鋭部隊とは言えど、先の羽間正太郎との惨憺さんたんたる結末に、今までにない恐怖心と警戒心が生じている。

 彼らのような完全無欠を絵に描いた暗殺集団であればあるほど、その矜持きょうじが仇となって、自らに失敗は出来ないという強迫観念を生み出してしまう。

 たった一度の失敗と、たった一人の存在が、これほどまでに完璧を描いてきた集団の自負心を取り乱してしまったのだ。

  その中でも、一番年若いクハド・レミイールは目に見えて焦りの色を濃くしていた。

(この俺が、対象を見逃してしまうなどど……)

 先程の報告にもあったように、彼は小紋が陰に潜みながら殺戮現場に逆行する所を感付くも、その確実な姿かたちをその目に焼き付けることが出来なかった。

 しかもそればかりか、その屈辱のあまり、彼は小紋がどこに身を隠したのかさえも見逃してしまったのだ。

(クソッ! こうなったら、この俺が一人で対象を片付けてしまわねば気が済まない。そうでなければ、組織の中でも〝金目、金耳〟とうたわれるこの俺の立場がない……)

 クハドは思わず奥歯を噛み締める。



 

 

 

 

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