青い世界の赤い⑭


 無論、このD坂の事件現場でこれだけの殺害を企てたのは、あのアヴェル・アルサンダール率いるいにしえからの暗殺集団〝黄金の円月輪〟に他ならない。

 彼らもまた、彼ら自身の目的の為、思想の根幹を貫くために再びこの地球に舞い戻って来たのだ。

「アヴェル様。これで大方の始末はつきました。ここは一般人に気づかれぬうちに退散致しましょう。今なら我らが秘術〝忘却の法術〟がここにいる野次馬を含めた全ての者に効いております」

 黄金の円月輪の参謀でもあり、アヴェルの執事も兼ねているアフワン・セネグトルが、多くの亡骸を背にひさまずいてかしこまった。

「ウム。今は貴様の言う通りにしよう、アフワン・セネグトル。我らの影を見て生き残った者は、あの羽間正太郎ただ一人。しかし、我ら黄金の円月輪は、目的の為以外に無駄な人殺しなどしたくはないからな」

 アヴェル・アルサンダールは、黒いベールを頭から被り、その大きく鋭い眼差しで辺りを見やった。その眼差しの先には、たった今抵抗する間もなく殺害された自衛隊員らの無残な亡骸が無数に転がっている。

「御意! しからば我が方にすぐさま撤収を呼びかけ致します! アヴェル様は、我らを待たずに次の場所へお向かい下さい」

「相分かった、アフワン。ならば後は、その方に任すぞ!」

 そう言われて、アフワンがそのしわ深い額を深々と下げた。そして、彼が即座にその場から離れようとしたその時――、

「い、いや待て! アフワン!」

 アヴェルが彼を制した。

「いかがされました!? アヴェル様!」

 アフワンが再び腰を落としてアヴェルを伺う。するとアヴェルは、眉間にしわを寄せたまま、

「何か変だと思わんか?」

「何か? と申しますと?」

「ウム……。貴様は今、ここに居る野次馬共を含めた多くの者が〝忘却の法術〟によって催眠状態にあると言ったな?」

「御意。確かに我らの法術は完全無欠と心得ております。我らが主戦武器であるチャクラムから発する超低周波は、様々な人びとの意識を操ることが可能でございます。よって、ここにいる者たちは、今や我らの思いのまま……」

「ウウム。しかしアフワン。その我らの完全な法術も、あの羽間正太郎に先日破られてしまったではないか?」

「仰る通りでございます。しかしアヴェル様! あの羽間正太郎と申す者のような人物が、そうそうそこらじゅうにいるわけでは御座いません。にもかかわらず、何をご心配にあらせられるのでございましょうか?」

「フム、アフワンよ。貴様は気がつかぬか? この静寂の中に、それ以上の静寂を持った意識がこちら側を見つめていることを……」



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