青い世界の赤い⑩


 小紋の視界は、まるでスロービデオでも見ているかのような不思議な感覚にシフトした。自分がキョロキョロと辺りを見回さなくとも、自然に視界が開け、視力の良し悪しにかかわらずハッキリと細部まで見えてゆくような感覚である。

 大勢の野次馬が、あんぐりと口を開けたまま立ち尽くしている様子が見て取れる。取り囲む警官隊が、振り返って目をまん丸くしている様子が見て取れる。小紋自身がブルーシートで突発的な非日常的な事態を目の当たりにして驚いている様子が見て取れる。そして何より、真っ赤に染まったブルーシートの向こう側から謎の物体が目にも止まらぬ速さで高速移動しているのが見て取れる。

(一体何? 何なのあれは……!?)

 間違いなくこの暗示法を用いてなければ見逃すところだった。あの真っ赤に染まった囲いの向こう側を、黄金色に光る金属の輪が、音もたてずに縦横無尽に飛び交っているその光景を!!

 何が起きているのか詳しくは解からない。なぜあんな物が飛び交っているのかも解からない。だが、誰かがただならない芸当で、囲いの向こう側にいる人々を根絶やしにしようとしている事だけはハッキリと解かる。

(いけない、いけないよう……。このままみんなここにいてはいけないんだよう!!)

 そのただならぬ命の危険を察知した時に、小紋の視界は本来の自分自身の元に戻った。なぜか真夏でもないのに、小紋の額から首筋にかけて汗でびっしょりと濡れている。

(とにかく、ここに集まっている人たちを正気に戻して、この場所から離さなくちゃ……!!)

 彼女は、咄嗟に肩から下げていたバッグの中から携帯用防犯ブザーを取り出した。しかもそれは、小紋がヴェルデムンドでも使用していたことがあるもので、それを地面に叩きつけると、耳をつんざくような大音量と共に、不気味な化け物の姿のホログラムが浮かび上がって踊り出すという特殊な代物である。

(羽間さんに勧められて買ったこんな物が、こんな時になって役立つなんて……)

 思いつつ彼女は安全ピンを抜くと、その代物を思いっきり路面に叩きつけた。すると案の定、高周波と低周波が入り混じった身の毛もよだつ不快な大音量が辺り一帯に響き渡った。そして、その大音量と共にベヒーモスやウロボロス、さらにヤマタノオロチや半魚人といった伝説の生物が地上にぬっと湧いてきて小躍りする様子が映し出された。


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