青い世界の赤い⑨
突如、自衛隊の処理班が囲うブルーシートの向こう側から、
「ぎゃあ!!」
という叫び声が聞こえてきた。全く予想だにしない断末魔に出会ったその悲鳴は、まるで突風が通り過ぎたかの如く瞬く間にその囲いの向こう側だけを連鎖して行く。
その耐え難い声に反応するや否や、小紋は即座に振り向き治った。そして小さな体を目一杯使い、ごった返す人混みの中を思いっきりかき分けるように後戻りした。すると、
「あっ……!!」
と声を上げたまま彼女は思わず絶句した。なんと、自衛隊の処理班によって張られたブルーシートの幕が全面真っ赤に染め上げられていたからだ。それは何とも赤インキを悪戯にぶち撒かれたような無造作なものであり、一目でそれが人間の仕業でないことが嫌でも伝わって来た。
(な、な……一体何があったというの……!?)
さすがの小紋ですら目を見開いたままその場に立ち尽くしてしまった。その非常線が張られた外で群がっていた野次馬たちも同様で、全員ただただ茫然と立ち尽くすばかりである。
だがしかし、
(お、落ち着け僕! 落ち着くんだ! こう言ったときは冷静に……とにかく冷静に辺りの状況をよく確認するんだ! そしていかな場合でも適切な行動と対処を取らなきゃならないんだ!)
小紋は自らに暗示をかけるかのように、何度も何度も自分に言い聞かせた。
勿論、発明法取締局のエージェントになるための訓練で何度もレクチャーを受けてきたが、こう言ったときほど羽間正太郎直伝の暗示法ほど役に立つものはない。
「いいか小紋? もし、自分がいきなり不測の事態を目の当たりにしたときは、思わず焦りまくって普段のポテンシャルを100%活かし切れなくなるのが普通なんだ」
「うん、とてもそれ解かるよ、羽間さん。エージェントのメンタル訓練でも教官がそれを言ってたけど、僕はどうしても教わった通りに出来なくて、いつも実戦や本来の捜査ではマリダに迷惑かけちゃったりするんだ」
「まあ、そりゃあ仕方ねえことだな。お前はまだエージェントになって日も浅いからおのずと経験が少ない。冷静になれるってことは、ある意味場慣れすることでもある。場慣れすれば、自然に対処法のケーススタディも増えるからな。そうすると、それが自信となって精神的に余裕が出来る」
「じゃあさあ、羽間さん。僕みたいに実戦なんかの経験が少ない場合はどうするの?」
「ああ、じゃあいいだろう。今からそれを教えてやる。なあに、簡単なこった。お前ならきっと簡単にマスタ―出来ちまうさ」
過去にそんなやり取りがあった事を思い出しながら、小紋は正太郎に言われた通りに自らを暗示に掛けた。
(先ず自分自身が、自分の身体の外から自分を見つめているような感覚を持つこと……だったよね、羽間さん)
正太郎の暗示のかけ方は、自分自身が自分という意識を保ちながら、いきなり第三者として体をコントロールしているイメージを持つことなのだという。
初めの頃は、小紋もイメージがつかめず苦労したが、
「難しく考えるな、小紋。要は、自分という
正太郎のこういったアドバイスによって彼女は次第にそのイメージに辿り着いた。
不思議なものである。そういった正太郎の暗示を実践してみると、なぜか同じものを見ているのにまるで別の視界で物を見ているような感覚に囚われてゆくのである。すると、非日常的に起きている目の前の事態が、あたかも時の流れが止まったかのような一つの証明写真であるかのごとく漫然と意識の中に取り込まれてゆくのである。
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