青い世界の赤い⑦
それゆえに、世界中の人々は予測不可能で前代未聞な恐怖に怯え、精神状態も破裂寸前になってしまっている。
各国の政府は、
「建設的な思考を保って対処する」
と、似たような言葉を並べて人々の心を落ち着かせようと懸命になっているものの、それが一向に上手く行かない。一般市民というものは、敢えて批判しつつも、ついマスメディアなどの報道を見てしまう。すると、どうにも精神が揺さぶられ気味になってしまい、はからずも疑心暗鬼な状態に陥ってしまうのだ。
そんな煽りから、どんなに実行部隊に非があろうとなかろうと、世論の批判の目は政府に向いて行ってしまう。
こんな人類存亡の危機的状況が連発しているにもかかわらず、世の中にはこれに乗じて現政権転覆を狙う輩も少なくない。そういった場合には、世間に対しての
もし、それでもかわすことが出来なければ、最終的に中世の魔女狩りのような憤懣の落としどころも筋書きの内に入れておかなければならない。
何と言っても真宮寺廉也は、非常に賢い男だった。そして悲しいかな非常に誠実な男でもあった。それだけに、今の状況が余りにも先述のような、とち狂った状況であることを理解していても、それを甘んじて受け入れるしか手立てが無かったのだ。
一方、真宮寺邸を後にした小紋は、凶獣ヴェロンの襲撃のあった渋谷の繁華街へと足を運んだ。
都会育ちの彼女であったが、彼女にとってはさほど馴染み深い街ではない。だが、いつの時代もこの街には人が山のように溢れかえっていた。
「古臭いかもしれないけど、現場百回が発明法取締局時代からの基本だもんね……」
小紋は、久しぶりの人混みに圧倒されながらも、襲撃現場であるD坂周辺に辿り着いた。
小高い商業ビルが立ち並ぶD坂の辺りには、今でも非常線が幾重にも張られており、未だ血なまぐさい爪痕がありありと残っている。
それを取り囲む警官隊。そして、その中で撤去作業や清掃作業をおこなう自衛隊の姿がある。無論、大掛かりなブルーシートで囲われたその向こう側には、凶獣ヴェロンによって命を奪われた被害者の遺体が何十体とある事が
しかし、この状況を作り出した凶獣ヴェロンは地球の生き物ではない。いくらここでの常識で現場検証など行っても、今更ながら何の役にも立たないことを小紋は知っていた。
悲しいかな、凶獣ヴェロンに捕食され、凶悪なほど溶解性の高い粘液に取り込まれた人間の身体は、丸一日このままの状態で放っておけば必ずや原型すら留めない。遺族の為、また本人の為にどんなに身元を特定しようとしても、それは徒労に終わってしまうのだ。
「あの世界では、こんな作業をいつまでも愚図愚図をやっていたら、別の植物に食べられちゃうってのに……」
この状況を外野から
しかしそれは、あの世界の常識が、こちらの世界の常識と非常にかけ離れているという表れなのである。自然の驚異に対し、一部の隙も見せられない。それがヴェルデムンドなのだ。それに比べて、この生まれ故郷たる日本は、なんと安全な国であったのだろう。そう小紋は思う。
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