黒い夏の32ページ
博士はそう言ってのちに、ゆっくりと手を上げ、その場にいる全員に指示を与えた。すると、皆一斉にくるりと出口の方を向き、完璧に統率の取れた軍隊のような動きで順番にその場所を後にした。
そして最後にそれを見届けた博士は、
「さらばだ少年よ」
そう言って背を向けた。
そんな博士の背中に、
「ま、待ってくれ博士!! 一つだけ聞かせて欲しい。一体何で俺たちはこのままなんだ!? どうして他の奴らみたいに、アンタの意識を埋め込まれなかったんだ!?」
勇斗はまた率直に聞いた。すると、
「決まっておろう。駄賃じゃ……」
と、軽く捨て置くような言葉を残してこの場所を去っていった。
アトキンスの姿をした勇斗は、アルベルト博士の立ち去る背中を黙って見過ごすことしか出来なかった。
それからというもの、勇斗と早雲は、縛り付けられたロープを岩の尖った場所に擦り付けるなどして断ち切り、どうにか体の自由を確保出来た。
だが、照明に照らし出された互いの身体を確認するたびに、妙なよそよそしさを醸し出してしまう。
早雲は、生前のジェリー・アトキンス元少尉の存在を間近で知っているがために、どうしても目の前にいる男性が、黒塚勇斗であるという認識に至らない。
そして勇斗自身も、そんな早雲のたどたどしい受け答えや態度に呼応して、どうにも今までのようなやり取りが出来ないでいた。とは言え、
(そ、それにしても早雲の奴、すげえ可愛いくなっちまったなあ……)
彼女の容姿をチラチラと
早雲自身は、自分の姿をまだ確認していないために、自分がどのような姿になったのかさえ認識していないが、先程からの中身は勇斗のアトキンスの視線が怖くて
「ユ、ユートさん……、あんまりこっちに寄らないでいただけます?」
「な、なんだよ早雲、そういう言い方ってないだろう?」
「で、でも……。わたし、何だかわからないけれど、とっても怖いんです。急に人間の姿になってしまったからなのでしょうけど……。何て言うか、男の人の目って理由が分からないけど狙われている感じがしてしまって……」
「うっ……!! 何言ってるんだよ、俺は黒塚勇斗だぜ? 見た目はアトキンス隊長かもしれないけど、いつもバカなことを言い合いっこしてる黒塚勇斗なんだぜ?」
「え、ええ……」
勇斗も男だった。どんなに言葉で取り繕っていても、どうしても本能がそれを許さないのだ。見た目八割とは昔からよく言ったものである。これだけ魅力的な女の子が目の前にうろつかれていては、いくら中身が人工知能と知っていても平常心でいられるはずがない。むしろ、中身が勝手知ったる早雲だけに、妙に都合の良い妄想に掻き立てられてしまう。
「は、早雲!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます