夏の黒い21ページ


「わたし……人間に……なっちゃったんですね」

 早雲は取り乱しこそしなかったが、その複雑な心境たるやただならぬものが嫌でも伝わって来る。

 あの〝黒い嵐の事変〟の夜、早雲はやぐもは、かの羽間正太郎の攻撃によって、一時は廃棄される寸前にまで至るほど回路を滅茶苦茶にされてしまった。

 だが、彼女のメモリー回路部分の損傷だけは辛うじてまぬかれたために、黒塚勇斗の推しというものもあってか、また軍隊に復活することになったのだ。

 それからというもの、勇斗と共にセシル・セウウェル曹長のしごきに嫌というほど付き合わされた。しかし、その甲斐あってか早雲自身もようやく人間に近い自我が芽生え始め、人工知能の中でも難関である〝達人マスター〟と位置づけされるランクにまで手が届きそうなほどの伸びを見せていたのだ。

 この世界の格言にもなりつつある、

『フェイズウォーカーの人工知能は、搭乗者によってその能力も性格も成長する』

 という搭乗者に対しての決まり文句がある。そして、早雲もその格言に漏れず、勇斗のフェイズウォーカー乗りとしての腕が上がってゆくたびに、その信頼性や計算能力もぐんぐん向上していったのである。

 その頃からである。早雲が、勇斗に対して、啓発的でクドクドと説教めいた言葉を並び立てるようになったのは。そして、それと共に無意識的な自我が確立して来たのだ。

「なあ、早雲。……にしてもさ。何でお前が女になんかにされちまったんだろうなあ?」

 彼らはまだ、この鍾乳洞の暗闇の中にいた。二人仲良く縛られた物もほどけぬまま、近くに寄り添って語り合っているのだ。

「ユートさん、それはわたしに対してとても失礼です! だってわたし、最初から設定は女性なんですけど……」

「え、ええっ!? なんだって!? そうだったのか!? ごめん、俺、全くわかんなかったよ……」

「そうりゃそうでしょうよ。ユートさんは、セシル曹長以外の誰にも興味を持っていなかったみたいですからね」

「え? い、いや……そ、そんなことはないと思うよ。……いや、そうだったかもしれないな。ゴメン、早雲……。俺にはセシルさんの背中しか見えてなかったかもしれない……」

 勇斗の真っ直ぐなその言い分に、

「ふうん、まあいいでしょう。許して差し上げます。そういう一途なところが、勇斗さんですもんね」

 早雲は一応納得したように見せた。

「へっ、それ、褒められてるのか、貶されてるのか分かんねえなあ」

「何を言ってるんです、ユートさん!! わたし全然褒めていませんから!」 

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