夏の黒い⑦ページ

 

 勇斗はペットという言葉に、にわかに反応してしまった。彼がまだ、家族と幸せに暮らしていた頃に、オージローというロシアンブルーの猫を飼っていたことを思い出したからだ。 

 彼は、そのオージローをまるで兄弟のように可愛がっていた。そのオージローも、彼が12歳の時点で死んでしまった。が、それだけにこの声の主の言う事を聞いてあげてもいいという気持ちになった。

「なら聞くけどさ、アルベルトさんだったっけ? ……アンタは、なんでこんなところを一人で歩いているんだよ?」

 率直な質問である。いくらところで、こんな物騒で不気味な空間に明かりも灯さずに歩いている方がおかしい。

「それは簡単な質問じゃ。……わしは生物工学者じゃ。これこの通り、ある程度歳は食ってしまっているが、それだけに目を暗闇でも見えるように手術しておる」

「ということは、アルベルトさんはミックスなのか?」

「いや、そうではない。儂は生身の人間じゃ。体の一片たりとも機械には変えておらんよ」

「えっ? そんなことが可能なの?」

「ああ、可能じゃ。だが、時の流れは儂の研究を必要としなかったのじゃよ。人類は、生身の人間よりも、より確実に一定の能力を確保できるヒューマンチューニング手術計画を推進したのじゃ」

「というとアルベルトさんは、その計画のために除外されたってわけだね?」

「ああ、そうじゃ。儂のパッチワーク理論は学会にも政府にも世の中にも一切受け入れられず、ただ闇に葬られようとしたのじゃ」

 勇斗は、この話を聞いてどこか身につまされる思いがあった。

 彼の家は没落したとはいえど、元々アンドロイドやサイボーグ技術を生業とした業種の家系である。確かに様々な境遇により家業は見るも無残に地の底へ落ちたわけだが、そうは言っても彼の中に家業に対する誇りだけは健在している。

 そんな誇りでさえも、この声の主――アルベルト・ゲオルグと名乗る老博士らの犠牲に成り立っていたかと思うと複雑な気持ちになってしまう。 

 勇斗はそんな思いから、このアルベルト博士の話を聞いてあげてもいいような気がした。普段は、自らの不幸な境遇を前面に押し出してしまう彼だが、その境遇よりもさらに不幸を感じさせるこの声の主の方が、何か途轍もないジレンマを抱えているようで放って置けなかったのだ。

「わ、わかったよ、お爺さん。今ハッチを開けるから、ちょっと待って……」


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