第九章【夏の黒い嵐】

夏の黒い①ページ

 第九章【夏の黒い嵐】




「脱走兵は、フェイズウォーカー〝方天戟〟を軍格納庫内から強奪し、そのまま第三寄留の方角へと逃走。現在は、街はずれにある南に500メートル前方の森に逃げ込んだ模様! 直ちに憲兵部隊は体勢を立て直し応援を送られたし! 尚、対象は軍格納庫内での銃撃戦によって負傷していると思われる。しかし油断するな! なんと言っても今回の相手は、あのペルゼデールクロス部隊の元隊長、ユート・クロヅカなんだからな!!」

 その通電は、ペルゼデール軍直轄の憲兵部隊に一斉に流された。ネイチャーには憲兵専用の秘匿無線によって。そして、ミックスとドールに対しては秘匿三次元ネットワーク通信によってである。

 憲兵部隊が専用に駆るフェイズウォーカーDDY-1009B、通称〝不知火九型〟が、深夜の森奥深くを五機編成の三部隊で重箱の隅を突くようにその機影を探し回っている。

 無論、その対象は黒塚勇斗が、ペルゼデール国家の法を犯してまで軍から奪った機体、方天戟17号の機影である。

 ヴェルデムンドの深夜の森の中は、正に人の住める場所ではない。気でも狂わない限り、こんな場所への介入は以ての外である。

 この世界の木々は地球でいう植物の十倍以上の全高を誇る。ゆえに、夜空に瞬く星の光など一切望めず、ましてフェイズウォーカーに搭載された投光器の光など生い茂る葉によって中和されてしまう。

 頼りになるのは、フェイズウォーカーに搭載された人工知能の予測システムと、搭乗者の勘による手探りのみである。

「熱感知センサーも高感度音波探知機も駄目だ! 全くクソの役にも立たん!  なにせ、所々にダミーポッドが仕掛けられているのだからな!」

「さすがは、元ペルゼデールクロスの頭を張っていた男だというところか。見た目はまだ声変わりしたての子供ように見えたのだが、なかなかどうして……」

「しかし、あの日を境に、気でも狂っちまったように取り乱したりするところなんざ、やっぱり子供だわな」

「そりゃあ、余程大事な女だったんだろうよ。その女があんなんなっちまったんだから、同じ男として同情するってもんだぜ」

 憲兵の隊員たちは、部隊内の秘匿回線を使用しつつ、好き勝手な戯言を口にする。

 しかし、そこはさすがに憲兵である。その噂話たるや、全てが事実を基にした内容なのである。

 齢十六才にして、ペルゼデール国家の象徴部隊ペルゼデールクロスの隊長に任命されていた少年、黒塚勇斗は、ペルゼデール国家建国の儀式の直前になってその任から更迭された。

 その理由は、ペルゼデールクロスの副隊長であり、彼の掛け替えのない心の支えとなっていたセシル・セウウェルが謀反を起こしたからである。





 

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