野望の84
正太郎は生来、感覚に優れた男だった。それゆえに、ぱっくりと開いた傷口の角度さえ見逃すはずもない。
(最初に受けた頬の傷の入り具合は、まるで真横から受けたように耳の方から切り裂かれている。なのに、俺が見た鞭の飛んでくる方向は前方からだった。このズレが意味するものは……!?)
彼がこう考えられるのは、集中しているときにだけ起きる第三者的感覚の表れがあるからである。その時の彼の視点はなぜか理由は解からないが、自分の体以外の所から自分を見ている感覚で物を考え、それと同時に体を動かすことが出来るからである。
その時の彼の頭の中には、まるでスロービデオを何度も巻き戻して再生しているような不思議な感覚が伴う。
深く切り裂かれた頬の傷からは、相変わらず鮮血が流れ出している。そこを指でさすりながら、
「なるへそ、何となく解かって来たぜ。テメェの完全体のからくりの正体がな!!」
と言いつつ、正太郎はデュアルスティックの振動スイッチを強制的にオンにする。勿論こんな武器でこの目の前の敵が倒せるかは解からない。だが、ここで全てを諦めれば制限時間内に反乱軍の総攻撃を止めることは出来ない。
(残り時間はあと3分……。何が何でもコイツの動きを止めてやる!)
相も変わらず老紳士の手数は収まらない。この勢いと圧力だけでも生身の正太郎には堪える攻撃だ。しかし正太郎は隙あらば反撃の狼煙を上げようと神経を辺り一帯に広げる。
するとどうだ。迫り来る攻撃を避ける度に、なぜか微妙に風圧を感じる角度が違う。いや、風圧のみでなく痛みを感じる場所までが微妙に違う。
(そうか! そういう事だったのか!)
正太郎は、この時点で老紳士たるグリゴリの実体のある幽霊のような正体が何であるかを悟った。
「つまりテメェは、実体があるのではなく、実体があるように見せかける術を使っているんだ!」
それは古来、正太郎の祖国である日本で暗躍した忍びの術の応用であった。人間の視覚は五感の中でも特に騙されやすい。転じて、視覚さえ支配してしまえば全てを信じ込ませるのも可能な話だ。グリゴリはこの技術を始祖ペルゼデールから伝授されたのだ。
「グッ……、何故それをキサマの様な下等な生き物に見分けられる……!?」
老紳士は攻撃の手を止めぬが、言葉だけが微妙に揺れる。正太郎は核心を突いたとばかりに口元を緩め、
「へへっ、そりゃあ要はこういうわけさ。テメェの見せているホログラムの攻撃と同時に、どこからか別の場所から寸分たがわぬ攻撃が打ち出されているってことさ。それが証拠に、テメェの鞭の角度と俺の受けた傷の角度の入り方が微妙に違っている。それが意味する物とは、テメェは実体なんかじゃねえ。以前と同じホログラムに過ぎねえってことよ!」
「アグッ! オノレ、下等生物の分際でえ!!」
老紳士は歯ぎしりをしながら鞭を撃ち振るう。しかし、正太郎はしてやったりの表情で、
「いいや違うね。俺がテメェの言う生身の下等生物だから解かったのさ。血が滴る方向に微妙な違いがあるということに気付けるのは生身の人間ならではのことだからな!」
と、デュアルスティックを音がする方へ振り出した。
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