野望の㊲


 羽間正太郎は、唐突に自分の欲望に忠実になってしまう時がある。何を隠そう、それが今現在彼がおかれている状況だった。

 彼は、特殊な技術を使ってまでして、単独で敵の本拠地に乗り込んでいる。少しでもヘマをして自分の正体がバレれてしまえば、彼の命は当然のように無いに等しい。

 にもかかわらず、こんな四面楚歌を絵に描いた状況に自ら乗り込んでしまうというのは、彼独特の欲望以外の何物でもない。

 彼は今、蔵人・ジミー・マーティズという新政府軍所属の技術士官に成りすましてゲッスンの谷のゲッスンライト研究所の中に紛れ込んいる。

 ヒューマンチューニングを受けた者を通称“ミックス”と呼んでいるが、このミックスという存在は、様々な面でかなり利便性も高く、人類自体の能力の底上げを図れたという面や、命の危険性を伴うヴェルデムンドでの生活を支える面でも有用性は高い。

 だがしかし、一つ大きな問題点がある。それは、一個人の情報流出がネイチャーと呼ばれるこれまでの人類よりも容易に引き出しやすい事である。

 蔵人・ジミー・マーティズという反乱軍が捕らえた人物の情報は、拷問や薬物といったものに頼らずとも、容易にプロテクトキーを解除すれば全て取り込めてしまう。すなわち、比較的簡単により詳しく“もう一人の蔵人・ジミー・マーティズ”という人物を作れてしまうということだ。

 羽間正太郎はその禁断の技術を取り込んで、今回の作戦に挑んでいる。

 だが、彼はミックスでもなければ、当然のことながらアンドロイドでもない。生粋のネイチャーである。

 にもかかわらず、彼は“蔵人・ジミー・マーティズ”という人物になり切って敵の檻の中に潜り込んだのだ。

「君の様な後方にいればいい作戦指揮を司る者が、このような真似をする必要性があるのかね?」

 彼をお気に入りにしているレイ・ハミングストン最高司令官にしても、ムスタファ・アイグシルク参謀長にしてもその言葉の言い通しであったが、正太郎は聞く耳を持たなかった。

 彼は、自分自身がどのような場面に置かれた時に、自らのポテンシャルを発揮できるか自覚していたからである。 

「最高だぜ! 全く最高だぜ、この感覚はよ! 何も知らねえ、何の繋がりもねえ、この不安定極まりない場所こそが俺の最高の戦場だ……」

 確かに、彼の様なタフな男であっても、肉体的にも精神的にも辛い状況下であることには間違いない。

 だが、こういう状況下に置かれると、彼はアドレナリンが異様に分泌し、脳内麻薬も異常なぐらい発生してしまう。そうすると、頭の中はターボが掛かったように回転が速くなり、目や耳といった器官がより一層鋭くなってゆく。

 彼は、普段から数メートル先のテーブルで行われているヒソヒソ話ですらハッキリと事象が度々あるのだが、こういう時は尚更それが輪をかけて強くなる。

 彼は、その状況下に置かれている時の快感がたまらなく好きなのだ。

 さらに、命を賭けているという綱渡り的な要素も相まって、途轍もない充実感が彼の欲望の琴線に触れているのである。

 

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