野望の㉞
「ねえ、グリゴリ? 今回のショウタロウ・ハザマの対策を練りたいから、インタラクティブコネクトしましょうか?」
エナ・リックバルトは、ここのところのヴェルデムンドの背骨折りが攻めてくるという噂により、少々オーバーワーク気味であった。
いくらヒューマンチューニング手術を受けた体とは言えど、まだ齢にして8歳の誕生日を迎えたばかりの童女である。まして、いくら強制的にヒューマンチューニング手術を施そうと画策しているヴェルデムンド新政府であったとしても、身体も精神も未発達な少年少女に対してはその限りではなく、逆に禁止すらされている。
つまり、まだ成長過程にあり、自分自身が自分自身の身を守れる程の力を有していない者が手術を受けてもあまり意味がなく、逆に害を及ぼすかもしれない可能性があるという見解なのだ。
だが、彼女は違った。
エナには、保護者以上の存在である人工知能グリゴリがいるし、エナ自身がその才能によって生計を立てているため、特例中の特例としてヒューマンチューニング手術の許可が下りたのだ。
とは言っても、他の人々よりは三次元トータルネッティングを繋ぐための部分に特化した手術のみを施しただけであり、肉体の改造などはしていない。
当たり前のことだが、フェイズウォーカーに搭乗するような機会など全くない。
彼女はただ、用意された作戦室に籠り、後方から作戦の提案を上申するだけである。
「ほほう、エナ。今回はかなりやる気を見せていマスネ?」
グリゴリの実体は、地下100メートル深くに設置されたダンプカー百台分がすっぽり収まるほどの体積がある大型コンピューターである。
だが、彼女と相対する姿は、空中に投影された立体映像である。そしてその姿は、いかにも白髪のジェントルマンを気取った人の好さそうな執事である。
「そうよ、グリゴリ。あの皆が口々にしているショウタロウ・ハザマが攻めて来るという噂はガセネタではないと思うの。だから、今回の作戦コンペティションには誰にも負けたくないわ」
作戦コンペティションというのは新政府軍独特のシステムで、新政府軍が抱えている優秀な軍師たちに様々なケースで作戦を立案してもらい、競い合わせて良い案を実行するというものである。
そもそも新政府軍には人間の指揮官が存在していない。事実上の現場管理を行う全ては、それぞれに配備された人工知能がその役割を行う。
だが、されど人工知能であり、相手がヒューマンチューニング手術の強制に反旗を翻したネイチャーが主な集団である。
なれば、人間の行動を読み取るのは人間の方がまだ遙かに優位性があるために、より人間的な感受性を誇る軍師の存在が必要なのであった。
それゆえに、エナ・リックバルトのような強い感受性を持った天才少女の存在が光るのだ。
「もし、今回のコンペティションに採用されなかったら、あたしの二つ名が膝をついて大泣きするわ。だからお願い、グリゴリ。あたしの力になって」
エナの、その才能に惚れ込んで付いてきた人工知能グリゴリでも、あまり気乗りのしない事案だった。
なぜなら、グリゴリの“ココロ”のようなものの中に、エナ自身をあの羽間正太郎という人物と寸分たりとも接触させたくないという“意思”が生み出されてしまったからだ。
「エナ。まあ、いいでしょう。アナタが、それほどまでに打ち込みたい事象が存在するのであれば、ワタクシも協力はやぶさかではありまセン。しかし、これだけは言っておきマス。あくまでもワタクシが協力するのは、アナタのコンペティション採用率を上げるためデス。アナタが巷でノックス・フォリーのアマゾネスという名前で恐れられている今、ワタクシはアナタの後見人としてとても充実しています。ですが、アナタが今のように心身ともに負担を強いられて苦しんでいる姿を見ているのは忍びアリマセン。アナタにはまだ未来があるのです。ここで全てが終わるわけではアリマセン!」
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