野望の㉖

 8歳の誕生日を迎えたばかりのエナが、生まれて初めて感じる焦燥だった。

 エナは、文字通りの天才少女だった。まだ、幼児であったころからあらゆる物事の本質を捉え、多大な意味で周囲を驚かせる。

 しかし、そのような子を持った親は、時に不幸に苛まれることも多い。また、当の本人にもそれが言える。

 というのもそういった場合、たとえ同じ場所で同じ物を見、同じものを食し同じ国の言葉を話していたとしても、おそらく共有可能な価値観や言語を持てなくなったりする。

 その立場が逆であればどうにでもなろうが、この場合においては親に相当な理解が無いのであれば大抵不幸しか生まれなくなって来る。

 そのケーススタディから言えばエナ・リックバルトも同じことを言えていて、彼女はもう5歳にしてこのヴェルデムンドの大地に住む人々に対しての自分の役割を理解してしまっていた。それゆえに、皮肉にも互いの意思疎通が不憫になり会話が減っていってしまうのだ。

 その時点で彼女の噂を聞きつけたのが、ノックス・フォリー学術専門院の中枢人工知能グリゴリである。

 グリゴリは、彼女の才覚の判定を秘密裏に行い、今後の未来を見通した上で彼女を学術院へと引き取る形にしたのである。

 それから数年を経てノックス・フォリーのアマゾネスとして名を轟かせるのだが、そんな彼女ですら目にしたことのない異質な男。それがヴェルデムンドの背骨折りとして名を轟かせていた羽間正太郎である。

「ねえ、グリゴリ? このショウタロウ・ハザマという人物をどう思う?」

 エナは、今や自らの秘書兼調整役として世話をしてくれる人工知能“グリゴリ”に問う。

「どう思うと申されましテモ。もっと具体的な質問をされないと、ワタクシには答え難い内容でゴザイマス……」

 グリゴリは、今現在はノックス・フォリー学術専門院の中枢人工知能ではない。エナ・リックバルトに惚れ込んで付いて来た変わり種のコンピューターである。


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