第七章【アルサンダール家の血統】

アルサンダール家の①


 羽間正太郎が次の行動に移ろうと身を立て直そうとした時、山のように積み重なる瓦礫の合間から一筋の閃光が勢いよく飛び出して来るのを察知した。

 彼は、思わずそれは触れてはならぬものだと瞬時に悟り、横っ飛びにダイブする。すると、その光に触れた瓦礫のかけらがサラサラと砂粒の如く溶けて行った。

「おっ、あ、危ねえ!! な、何なんだよ、こりゃあよ!」

 さすがの珍品好きな武器商人である正太郎でも、これほどまでに奇妙な現象を見たことが無い。しかし、奇妙な現象はこれに留まらず、溶けたように流れ落ちた砂は見る見るうちに重なり合って人の形となった。

 その人の形は、次第に具体的な人物像を形成してゆく。漆を流したような長い黒髪。色白で目鼻立ちも整い、少しだけ下唇がぽってりと膨らんでいる。全体的に痩せ型ではあるものの、制服のスカートの腰の辺りが若干張り出しているのは、得意のバレーボールで鍛えていた証拠である。いつも自分のウェストの辺りを気にして正太郎に安産型だとからかわれていた女性。

「ま、まさか……、お前。ゆ、悠里子なのか……!?」

 その姿の正体は、かつて羽間正太郎の幼馴染であり、切っても切れぬほどの恋仲でもあった日次悠里子そのものである。

「う、嘘だ……、嘘だぜこれは……」

 口では誰でもそう言うだろう。しかし本能がそれを許さない。なぜなら、この現象は目の前にいる人物が心の底から復活して欲しい人物を蘇らせる技術だからである。

 この不自然な復活劇を目の当たりにした者は、この現象自体を虚構だと言うのは容易いが、心から望んでいることに対し全否定することはとても難しい。

「ゆ、悠里子……、そ、そんな馬鹿な。これは何かの間違いだ……。これは何か変な細工のお陰で……。そうか、あのパンドラの箱の発明のせいかもしれん……」

 さすがの正太郎も思考が全く混乱する。

 理屈では理解している。これが尋常な状態ではないことを。しかし、心の奥底ではそれを望んでしまっているのが本音である。まして、羽間正太郎にとっては日次悠里子の死は、その後の人生を左右してしまうほど大きな出来事であった。その人物が目の前に現れてしまった途端に、彼の思考は停止状態に陥り、“ヴェルデムンドの背骨折り”などと呼ばれていた程の能力の欠片も遠いどこかに置き去りになってしまっている。

「あるわけがない。あるわけがない。あるわけがない……」

 呪文のように自らに言い聞かせる正太郎。しかし、次の瞬間、

「正太郎、会いたかった……」

 と、十数年前と変わらぬ悠里子の声を聞いた途端に彼の思考は崩壊した。

 

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