激突の⑰
※※※
「兄上! なぜ可愛い妹のアイシャをあのような男に宛がわなければならんのだ!」
アヴェル・アルサンダールの秘書官で実の二番目の弟であるアガット・アルサンダールは、いつも猛り狂ったようなものの言い様をする。
アヴェルは、第十五寄留ブラフマデージャ初代大統領の任に就いてからというもの、この秘書官を務めるマンモスのような大男に叱責されぬ日など数える程しかない。
「まあ待て。頭をよく冷やしてよく考えるのだ、アガット。お前は幼い頃より直情的でいかんな。お前が気に入ろうが気に入るまいが、羽間正太郎という男と上手くやれというのが親父殿の遺言だ。あの男は一筋縄でこちら側に取り込めるようなタマではない。ならば、このような策で奴を釣るのも致し方なかろう」
「気でも狂ったか、アヴェル! いくら兄上と言えど、これだけはハッキリ言わせてもらう。兄上は今の地位に立った途端に気心が変わってしまったようだな。大体において、実の妹を道具にしてしまうなど悪魔の所業ではないか! あれ程までに可愛がっていた箱入りのアイシャを、どこの馬の骨かも知れん男にくれてやるなど気がふれてしまったとしか思えん!」
「何を言う、アガット。貴様は思い違いをしているのではないのか?」
「俺が思い違いだと?」
「ああ、アイシャはあのように世間ずれしていないように見えて、あれでも自分の意志をきちんと持っている女だ。羽間正太郎をたらしこむような真似をすると申し出てきたのは、アイシャの方からだぞ?」
「な、なんと!? それは真か、兄上!?」
「何度も言わせるな、アガット。それをまた口にすれば、アイシャのプライドに傷が付く」
「うむむ……。俺はアイシャのことを世間知らずに育った箱入りの妹とばかり思っておったが……」
「その箱入りだった妹が、我々の目的の為に生まれて初めての一世一代の勝負に出たのだ。その心意気を黙って見届けるのも、兄としての役目ではないのかね?」
アヴェルはそう言って、次の作戦の計画書を開いた。だが、アガットは兄のその手の微妙な震えを見逃さなかった。
彼ら第十五寄留ブラフマデージャ、そして黄金の円月輪の一員として、羽間正太郎という存在が生きていたことは完全なイレギュラーであった。
あの“黒い嵐の事変”のでの彼の死の噂は、瞬く間にヴェルデムンド中に広まっていたからだ。
アヴェル・アルサンダールを始めとした第十五寄留の人々にとっても、そしてこの世界を席巻しようとしているペルゼデール軍にとっても、羽間正太郎という男は、正にトランプカードでいうところのジョーカーそのものを意味する存在である。
「アガット。それが証拠に、あの交渉の日。我々は目前でまざまざと見せられてしまったではないか、衝撃の光景を!」
アヴェルは、父ゲネック・アルサンダールが存命だった頃によく聞かされていた。
「
しかし、まだ実戦経験も浅かったアヴェルには、この父の言葉の意味するものが理解出来なかった。
確かに実戦に次ぐ実戦を重ねてきた父ゲネックだからこそが知る勝利の法則であることは分かる。だが、
「アヴェルよ、今はその意味が分からずとも、お前にその時が来れば雨水が地面に沁み込むが如く自然と理解できる日が来る。その日まで精進するのだ」
そう言って病床に臥しても、事細かな意味を説明されることはなかった。
「しかし、親父殿……。その意味を知ってからの方が
アヴェルは、執務室のデスクの片隅に立てた亡き父の遺影に、そっと言葉を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます