激突の⑭
「なあ、正太郎? あの時お前は自分の命が惜しくなかったのか?」
アヴェルのその質問は、これで何度目であっただろうか。酔った勢いとは言え、正太郎もいちいち答えるのが面倒になってくる。
「あの状況で命が惜しいとか惜しくねえとか、考えられるわけねえだろ? だってよ、もしかするとここにいるこんなカワイ子ちゃんだって奴らに食われちまったかも知れねえんだぜ?」
彼は言いながら、色とりどりの
女官たちは、正太郎の首筋に細い腕を絡み付けながら空になった盃にひっきりなしに酒を注ぎ入れる。正太郎もつい調子に乗って、その酒を盃が空になるまでぐいぐいと飲み干してしまう。
「けへぇ、それにしても美味え酒だな。こんなの地球で飲んだことねえぞ」
「それはそうだ。この酒はこの地域で採れるデュクの実と呼ばれる果実を絞って乳酸発酵させて作った我が寄留自慢の地酒だからな。気に入ったなら、ほら、もっと飲め」
盃は金細工が施されていかにも高価そうに見えるが、大きさは洗面器ほどもある。そんな盃にアヴェルも女官も一緒になって酒を注ぎ入れるものだから、すぐ溢れそうになる。そこを、
「こら、あんまり勢いよくするとこぼれちまうだろうが!」
と言って、正太郎はまたそれをがぶ飲みする。
「なあ、正太郎。私の親父殿は病床に臥してからも、君がここに来るのを楽しみに待っていたのだぞ。どうして親父殿の存命中に見舞いに来てくれなかったのだ?」
アヴェルは、酔いが回って舌ったらずな物言いで絡んでくる。
「だからそれもさっき言っただろうが。俺ァ、そん時それどころじゃなかったんだって。ブラフマデージャみてえな辺境の地まで追われる身でやってくるのは命懸けなんだぜ?」
このやり取りも、今夜はもう何回目になるだろうか。しかし、生前にあれだけ目を掛けてくれたアヴェルの父、ゲネック・アルサンダールに対しての不義理を感じていた正太郎にとって、負い目がないわけではない。ここは黙ってアヴェルの愚痴を聞いてやる他はない。
「生前、親父殿は、君のような男をこの寄留地ブラフマデージャに迎え入れさえすれば、寄留地独立どころかヴェルデムンド平定も夢ではないと語っていた。我らの寄留地に住む民衆の結束は血の濃さよりも深く繋がっている。どうだ? この際だから私たちと共にこの世界を治めてみぬか?」
アヴェルの瞳は、酔った勢いも加勢して野望が滲み出ている。
「へへっ、そりゃ悪くねえ話だがよ。アヴェル、お前さんはこの世界をその手に治めて何をしようってんだい?」
正太郎のその質問に、アヴェルは幾分か酔いを自制した態度で、
「それは決まっている。私が望む世界の姿は、誰もが豊かで幸せに生きて行ける土台を作ることだ」
「へえ、そりゃあいい。……だがよ、みんな同じことを言ってるぜ。あの機械神だって、今のペルゼの連中だって」
「正太郎! 私とあやつらと一緒にするな! やり方が好かんのだ! あやつらは何かと機械に考えを頼ろうとする。その点私らはいつも人間同士の話し合いで決めている。無論、神のご託宣も無きにしも非ずだがな」
宗教的な考えや、伝統と封建的な慣習が根強い国同士が寄り集まって作られた寄留地だけに、その人々の考え方もどこか付け入る隙の無い部分があるのは当然である。いくら機械化が進んだ街並みであろうと、その情緒的な部分を変えてゆくにはあと数百年はかかるだろう。
だが、正太郎はそれも良いことだと考えていた。
人類が生き残る術として、皆が一様に同じ考えや同じ行動を取る必要がない。むしろ、同じである方がリスクは高いと思っているからだ。
人間は、その環境に根付く生き物である。それを無理強いをしてまでトータル化することに違和感を覚えて反乱軍に参加していた経緯があるぐらいなのだ。
そこで、このアヴェルの話である。
平定とは言っても、一様に人々のを価値観を平均化するのであれば、それは彼にとって元の木阿弥に過ぎず、自ずと賛同できる話ではない。
「アヴェルよ、お前さんはゲネックのおやっさんが何であの戦乱で俺たちと共に戦ったのか、理由を知っているのか?」
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